「桃太郎と浦島太郎、あなたはどちらの物語が好きですか」

 筑波大学産業医学研究室では、講師採用の最終面接で、こんな質問を投げかけるという。予想もしなかった問いに候補者たちは少し戸惑ったあと、たいていこう答えるそうだ。「桃太郎です」。

 「桃太郎というのは非常に論理的な物語ですからね」と笑うのは、精神科産業医で筑波大学社会医学系教授の松崎一葉氏だ。「鬼が島の鬼退治という目標を設定し、キビダンゴという報酬によってイヌ、サル、キジと主従関係の雇用契約を結ぶ。そして、計画通り、鬼をやっつけて彼らの財宝を手にする。いかにもエリートが好みそうな話です」

部下を追い詰める「桃太郎上司」、<br />うつから救う「浦島太郎上司」 だが、採用されるのは意外にも「浦島太郎」と答えた候補者。学生たちの指導者に必要なのは、まさに浦島太郎的な要素だからだ。「大学だけではありません。この質問の考案者は元慈恵医科大学精神科牛島定信教授ですが、氏の指摘によれば、うつが深刻化する今の企業でも、求められているのは『浦島太郎のような上司』。私もまったく同感です」と松崎氏。

 いったい「浦島太郎のような上司」とは、どんな上司なのだろう。

お人よしの楽観主義者
浦島太郎

 浦島太郎は、どう見ても理知的な人物とはいえない。まず、彼は海辺で子どもたちにいじめられているカメに出会う。そして、「こらこら、よしなさい」と子どもたちをたしなめ、カメをかばう。

 これが現代なら、「深夜、渋谷の裏通りで、茶髪に鼻ピアスの若者たちがホームレスを取り囲む現場に遭遇した」といったところだろうか。あなたならどうするだろう? 警察に知らせなくては――そう考えるのが一般的だ。ひとりで間に割って入れば、自分がつるし上げられかねない。浦島太郎も、運が悪ければ悪ガキどもに逆襲されていたかもしれない。

 次に、彼は「竜宮城に連れて行くから」とすすめられ、カメに乗って海に入っていく。だがふつうなら、そんなあやしいカメの背中にほいほい乗ったりはしない。第一、水中では呼吸もできないし、溺れ死ぬのがおちだ。

 おかしな点はまだある。別れ間際に乙姫様から受け取る玉手箱だ。これが「けっして開けてはいけない」といういわくつきのもの。とはいえ、開けられない箱なんて貰っても、邪魔になるだけだ。「お気持ちはありがたいのですが、我が家は手狭ですし」とかなんとかいって断ればいいのに、浦島太郎は後生大事にそれを持って帰る。そして案の定、誘惑にかられて、ふたを開けてしまい、煙にまかれて白髪の老人となる。