癌治療は、遺伝子を操れるかどうかにかかっている――。
一見「夢物語」のような「遺伝子操作」が、いま現実のものとなろうとしている。その鍵を握るのが、遺伝子によらない遺伝の仕組み「エピジェネティクス」だ。
このエピジェネティクス研究の最前線を担うものこそ、双子にほかならない。体重差が27キロある双子、一方だけがアスペルガー症候群になった双子、ゲイとストレートの双子……。本連載に登場した、「遺伝子が同じなのにまったく違う」双子の存在が、遺伝子だけでは説明できない遺伝の真実へと導いてくれるのだ。双子研究の権威が著書『双子の遺伝子』で迫った、癌と遺伝子の本当の関係とは?

マレンとクリスティンの場合
――なぜクリスティンだけが乳癌になったのか

 スペイン旅行の最中に、クリスティンは胸にしこりがあることを双子の姉妹であるマレンと母親に打ち明けた。彼女はまだ23歳だった。

 帰国後すぐ、かかりつけの医師の診察を受けた。医師は、避妊用ピルに対するホルモン反応だろう、と言った。クリスティンは医師に、乳癌ではないかと話したが――彼女の祖母は30代で乳癌になったが、75歳まで生きた――、医師は気にかけず、月見草オイルを処方した。だが痛みは続き、6ヵ月後、長期出張していた中国から戻った彼女は、別の開業医を訪ねた。今度の医者は診察もせず、ピルを変えるよう指示した―しかし、ピルをやめても痛みは続いた。数週間後、母親に強く勧められ、クリスティンは最初の医者のところへ行って、地元の総合病院を紹介してくれるよう頼んだ。そして、そこでついに正しい診断が下された。乳癌だった。

「ショックでした。それに、マレンに告げるのは苦痛でした。むしろ彼女のほうが辛いだろうと思いましたし。けれども、真実を知らせて、彼女にも検査を受けさせなければならなかったんです」と、クリスティンは言った。マレンはすぐMRIで調べたが、異常はなかった。クリスティンのほうは、検査を進めるにつれて、さらに悪い知らせがもたらされた。腫瘍はすでにかなり大きくなっていて、脊椎に転移していたのだ。クリスティンは淡々と語った。「ステージ4でした。癌にステージ5はないのです」

 それから3年が過ぎたが、驚くべきことにクリスティンはとても元気だ。これまでに化学療法と放射線療法で腫瘍を縮ませ、乳房を切除した。以前、会った時には、頭髪がなくなっていたが、今では再び生えてきている。放射線療法と腫瘍のせいでつぶれた椎骨にはセメントを注入した。そして、抗癌剤として抗エストロゲン剤のタモキシフェンを服用している。「いちばん嫌だったのは、頭がはげちゃって、双子だと思ってもらえなくなったことです。―本当に、最悪だったわ。でも、今はずっとよくなってきているし、またマレンに似てきました」

 クリスティンとマレンの両親はイギリス系ドイツ人だった。彼女らは、子ども時代の前半をドイツで暮らしたが、1990年代半ばに両親が離婚したため、イングランドの中部地方に移り住んだ。学校では、「長身でやせっぽちでブロンドのドイツ人」として知られていた。ふたりはとても仲がよく、同じ授業に出て、同じ上級クラスに進み、そろって最高の成績(AAA)を修めた。19歳まで同じ環境で同じように育ち、ギャップ・イヤー(大学への進学を延期して社会経験を積む期間)には、一緒にオーストラリア一周旅行までした。大学は違ったが、毎日おしゃべりした。

「最初に聞いた時、なぜわたしじゃなくて、クリスティンなのって思いました」と、マレンは言う。「でも、その後、どちらが癌になりそうかと聞かれたら、きっとクリスティンだと答えるだろう、と気づいたのです。健康上の問題を抱えていたのは、いつもクリスティンでした。頭痛になったり、ホームシックにかかったり。彼女は盲腸も切ったし、親知らずも抜いたけど、わたしはどちらも持っています」。クリスティンも同じように感じていた。「わたしのほうがちょっと弱くて心配性で、ストレスも多く感じていました。マレンはいつも、少しばかり強かったんです」

 それ以外に、クリスティンが癌になってマレンはならなかった理由は見当たらない。出生時の体重も同じ――3200グラム――で、安産だった。ふたりとも健康に育ち、初潮は遅く――14歳と15歳――生理が不順で、17歳で最初のボーイフレンドができた。マレンは避妊用ピルが体に合わず、数週間で使うのをやめたが、クリスティンは2年間使った。ドイツに住んでいた頃は、ドイツ伝統のソーセージとジャガイモ中心の食事をし、イギリスでは、母の作るフィッシュフィンガー(白身魚のフライ)を食べつづけた。クリスティンが癌と診断されてからは、ふたりとも乳製品も摂らない厳格な菜食主義者になった。

 オックスフォード大学で行われた遺伝子検査で、クリスティンが、乳癌をもたらす稀な変異「BRCA1」と「BRCA2」を持っていないことがわかり、マレンはほっとした。マレンは、今では毎年スキャンを受けている。クリスティンは前向きで楽天的だ。

「病気のことばかり考えてすごすというのもひとつの生き方でしょうが、先のことはわからないし、死ぬことを考えて、毎日、暗い気持ちですごすなんてことは、とてもできません。だから、唯一の答えは生きること。それも、しっかり生きることなんです」

 クリスティンはCoppaFeelという慈善団体を立ち上げ、若い女性たちに自分で行う乳癌チェックを指導し、自分のような発見の遅れを減らそうとしている。