イノベーションや金融工学の発展が金融市場を進化させているはずなのに、なぜ危機はなくなるどころか、ますます起きやすくなっているのか。大手投資銀行や複数のヘッジファンドを渡り歩いてきたウォール街のリスクマネジメント専門家が実体験からその原因を解説する。

リチャード・ブックステーバー
リチャード・ブックステーバー(Richard Bookstaber)
ヘッジファンドや金融機関で、金融商品の開発やリスクマネジメントにかかわってきたベテラン。モルガン・スタンレー、ソロモン・ブラザーズなどに籍を置き、その間に1987年のブラックマンデー、1998年のLTCM破綻を業界の内側で体験し、その後、ジフ・ブラザーズ、ムーア・キャピタルなど数々のヘッジファンドの運営やリスクマネジメントに携わってきた。著書『市場リスク 暴落は必然か』(日経BP社)は、サブプライム危機を予言したものとして、ウォールストリートでも話題を呼んだ。ほかに『オプション価格と投資戦略』などの著書がある。マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学博士号を取得。

 長年、金融業界でリスクマネジャーを務めてきた経験から言うと、先だって大きく報じられたナスダック元会長によるねずみ講詐欺は、リスクマネジメント以前の問題だ。内部監査や会計を犯罪科学的に検証することを怠ったために起こった事件だろう。通常ならば、彼のオフィスへ出向き、言っているような取引を裏づける証拠があるのか、そもそも彼の会社が誠実なのかを調べねばならなかった。

 ノーベル経済学者のポール・クルーグマンはこの事件を金融危機の延長線上でとらえているが、私はそうは思わない。キャッシュが必要になった投資家がカネを引き揚げようとしたため、バレただけのことだ。経済の傷みに塩をすり込んだが、この事件自体は映画のストーリーのような独立した出来事である。

 一方、今回の金融危機はシステミックなものであり、リスクマネジメントの面から考察すべき点は多い。サブプライムローンが他の証券化商品にどんどん組み込まれていき、それが金融業界の要である信用を綻びさせる一本の糸となったのである。

 証券化商品の在庫が10億ドルから100億ドルへと膨れ上がったなら、売れない原因を突き止めるのが当然だろう。商品にトリプルAの格付けがされていたことで、リスクマネジャーはすっかり安心してしまった。本来は、レバレッジをかけた手持ちの商品を売ろうと必死になっているのが誰かを突き止め、彼らが他にどんな商品を持っているかを調べなければならなかった。