前回は、起業家やその資質について思い込まれてきた3つの誤解を紹介し、起業家精神と呼ばれる手腕やスピリットが学習可能な行動とプロセスであることを述べました。だとしても、なぜマサチューセッツ工科大学(MIT)では年間900社もの突出した起業が実現しているのでしょう? そこから、ビジネスを立ち上げやすくなる環境づくりのヒントが得られそうです。

 MITの学生たちは次々と起業しています。その数は、2006年次点で継続しているものだけでも2万5000社。毎年900社にのぼる新企業が設立されています。そうした企業で働く人びとはなんと300万人、年間総売上は2兆ドルにのぼります。つまり、MIT卒業生が設立した事業を総計すると、世界第11位の企業になるのです。

 ではMITの卒業生の成功率はなぜそれほど高いのでしょうか? 

 多くの人は、まず「MITの学生は賢いから」と答えます。確かに、MITの学生の能力は、ハーバードやカリフォルニア工科大学など世界の一流大学と同等でしょう。しかし、スタンフォードを除けば、起業家として成功する確率はMITがずば抜けています。つまり、理由はほかにあるのです。

 一方、MITの学生は研究中の最先端技術を知っているから起業しやすい、という声も聞きます。MIT技術ライセンス事務局によると、毎年20〜30社が、MITで開発された技術をもとに起業をしています。すばらしい実績ですが、卒業生全体の900社という数字と比べると小さなものです(註3)。もちろん、MITがライセンスを持つ技術を活用して起業するのも重要な戦略であり、インパクトも大きいですが(例:アカマイ 註4)、成功の一要因でしかありません。事実、90%以上がMITの技術を使うことなく起業しています。

 MITの卒業生が成功している真の理由は、「精神とスキル両面の刺激」にあるのです。MITには、シリコンバレーやイスラエル、ロンドンのテックシティや今日のベルリンのように、常に起業を奨励する気風があります。そして周囲には、ロールモデルになる人たちがいます。彼らは抽象的な偶像ではなく、等身大の実在の人たちです。

 可能性と連携のオーラで空気が満たされていて、学生たちは、「そうだ。自分にも事業を興せる」と考えるようになります。新たなビジネスを始めるのはすばらしいことだ、と信じる“起業家のウィルス”に感染してしまうのです。