なかには、「私心」(出世欲、保身など)のために社内政治を行う人もいます。それで、実際に権力を握ることに成功する人もいます。しかし、よほどの実力がなければ、いつかその「座」は崩壊します。誰かの「私心」のために、心の底から力を貸そうとする人はいないからです。やはり、周囲の人が共感を寄せる「大義」がなければ、本物の「政治力」は手に入らないのです。しかし、凡人に「私心」を捨て去ることは難しい。生半可に捨てたフリをしたところで、周りの人はお見通しです。では、どうしたらよいのでしょうか?

「私心」のために力を貸す人はいない

「動機善なりや、私心なかりしか」

 稲盛和夫さんは、常にこう自らに問いただしてきたそうです。
「安価な電話料金を実現する」という大義を掲げて、第二電電(現KDDI)を立ち上げる際にも、「自分がやろうとしていることは、本当に国民のためを思ってのことなのか? 名を残したいという私心からではないか?」と自問自答。一点の曇りもない心境に立ったときに、はじめて実行に移したといいます。

 だからこそ、第二電電は成功したのでしょう。なにせ、圧倒的強者であるNTTとの競争です。誰かの「私心」のために、力を貸そうとする人はいません。稲盛さんの「大義」に共感を寄せたからこそ、社員は力を合わせて、NTTとの過酷な競争に挑むことができたのでしょう。また、その「大義」に偽りがなかったからこそ、国民からの支持を得ることができたのだと思います。

 私心を捨てる──。
 これは、課長として社内政治を生き抜くうえでも、非常に重要なポイントです。

 私が、それを痛感したのは、リクルート在籍中のことです。
 当時、私は事業部長でした。事業部長の仕事は、そのほとんどが社内政治です。部下をまとめ上げて、部署間調整を行う。上層部を味方につけるために、根回しをする。ときには、利害が対立する部署と水面下で戦う必要もありました。そんな社内政治に悪戦苦闘しながらも、大きな仕事を動かすことにやりがいを感じていました。

 しかし、私には「いつかは独立して、一国一城の主」になりたいという夢がありました。また、それまでに培った人脈を生かして、「人事コンサルタント」として社会的に意義のある仕事をする自信も生まれていました。そこで、1年後に退職・独立することを決意。社内には知らせず、秘密裡に独立準備を始めました。

 もちろん、リクルートでの仕事にも全力を上げました。いわば二足のワラジを履いたわけですから、負担ではありましたが、「夢」に向かうのですから苦にはなりませんでした。そして、数ヵ月が過ぎるうちに不思議な感覚にとらわれたのです。

 リクルートでの仕事が、以前に比べてスムースに進むようになったのです。上司、部下、他部署との関係もより良好になり、コンフリクトが減少。それまでは、しばしば会議などで対立した人物も、なぜか、私の提案に乗ってくるようになりました。

 そのときは、不思議に思ったものですが、後になって気づいたことがあります。退職を決意した私に、「私心」がなくなったからではないか、と。

 それまでは、「リクルートで出世したい」「実績を上げたい」という気持ちが強かった。だけど、退社すると決めれば、そんなことはどうでもよくなります。だからこそ、「会社にとってどうするのがベストか?」「顧客のためにどうすべきか?」ということを、「私心」に曇らない心で判断することができたのではないか。だからこそ、私の提案に共感してくれる人が増えたのではないか……。そう思ったのです。

 退職を決めたことで、社内政治がうまくいくようになったのですから、実に皮肉な話です。しかし、このとき、私は「私心を捨てる」ことの大切さを、心に刻みました。