「アドヒアランス」とは、治療実行度のこと。ただし、患者が積極的に治療方針の決定に参加し、自主性を持って治療に臨むという意味が込められている。糖尿病治療における治療実行度を測る用語としては従来、患者が医療者の指示に従うかどうかを意味する「コンプライアンス」が用いられてきた。しかし、糖尿病においては治療(療養)の主体は患者であることから、より自主性や自発性に重きをおいた「アドヒアランス」という言葉を用いるようになってきた。

「血糖が高めですね」と医師に言われ、薬をもらってはいるものの言われた通りに服用できないことがある、という心当たりはないだろうか。今や6人に1人は糖尿病の可能性があると言われている(厚生労働省2012年「国民健康・栄養調査」より)。糖尿病は、初期は自覚症状がなく、「治療しなければ」という意識を本人が持ちにくい病気だ。しかし、きちんと服薬せずに高血糖を放っておくと合併症を併発することもある。

50~70代に合併症多発
日常生活や仕事を破壊

 この合併症が怖い。高血糖状態が続くことで全身の毛細血管を蝕むからだ。

 高血糖が眼の網膜の血管を蝕めば高度の視力障害に至ることもある。腎臓の毛細血管が蝕まれると、尿をつくる機能が徐々に低下するが、高度に進行すれば人工透析を導入することもある。また、末梢神経が侵されることもあり、両足のしびれや痛みを来す。これに血管閉塞や外傷、感染などが重なれば、壊疽を引き起こし、足の趾を切断しなければならなくなることもある。高血糖が歯周病を後押しして歯が何本も抜けたり、動脈硬化で心臓病や脳卒中を発症したりすることも珍しくない。

 糖尿病の発症は40代以降に多く、合併症が出現するのは50~60代を過ぎてからに多い。糖尿病で人工透析に至る人が最も多い世代は70代だという。

早期の自己管理で
治療が楽になる

「合併症が怖い糖尿病だけれど、血糖や血圧、脂質、体重の自己管理ができれば糖尿病の進行を緩やかにして、合併症のリスクを低くすることができます」と話すのは、奈良県立医科大学糖尿病学講座・石井均教授だ。

奈良県立医科大学
糖尿病学講座教授
石井均氏

1976年京都大学医学部卒業。天理よろづ相談所病院副院長を経て現職。

 糖尿病を発症しても血糖や血圧、脂質、体重の自己管理次第で、合併症を起こさずに長い健康寿命を確保できる人も少なくない。また、合併症を発症しても、そこからの自己管理で進行を緩やかにできたケースもある。この病気の進行は自己管理に左右される部分が大きいのだ。

 また、進行すればするほど糖尿病薬による治療内容も複雑化し、治療そのものが心身や生活に与える影響が大きくなっていく。

 逆を言えば、早期のうちならより小さな努力で大きな効果を得られて、それが長期的に持続するということ。早期に食事療法、運動療法だけで血糖の自己管理ができれば、薬を使わなくてもよい期間を長くすることもできる。治療の負担が軽くて済む期間を引き延ばすのが、この病気との付き合い方のコツの一つなのである。

 石井教授は、「10~20年後の合併症を考えると、40~50代の糖尿病と診断された早い時期に、血糖などを自己管理する習慣を身に付けておくことがとても大切です。それが60~70代の生活の質(Quality of Life、以下QOL:からだとこころ、日常生活の状態)に大きく影響します。健診で糖尿病と診断されたときには、自覚症状がないことが多いです。でも、その時期に自己管理を始めることこそが将来の不安を少なくし得るのです。」と話している。