エルトン・メイヨー ジョージ・エルトン・メイヨー教授(1880―1949年)は、マネジメント思想の大きなターニングポイントの1つとなった一連の実験の指導者として名声を獲得している。彼はウェスタンエレクトリック社のホーソン工場において、短期間のインセンティブよりもむしろ意思決定に従業員を参画させる方が仕事の満足度は上がることを発見した。

人生と業績

 オーストラリア生まれのメイヨーは、アデレード大学で心理学を専攻し、1911年にはクイーンズランド大学の論理学、倫理学、心理学の講師(後に哲学の教授)に任命された。

 職業上の理由からアメリカに移住したいと切望し、1923年にペンシルバニア大学での職を得た。ここで彼は、ホーソン実験の前哨戦とでもいうべき調査研究に従事することになった。フィラデルフィアの紡績工場のある部門の離職率は、同じ会社の他部門平均が6%だったのに対し、25%だった。そこでこの部門でさまざまな労働条件を変化させる実験が行なわれたが、なかでも作業中の休憩が注目された。これらの変化は生産性やモラールの継続的向上につながった。1年後には、離職率は会社全体の平均レベルにまで下がった。この改善を説明するのは休憩の導入だろうと推測されたが、後にホーソン実験の結果を受けて根本的に改められることになる。

 1924年に開始されたホーソン実験にメイヨーが関与し始めたのは、彼がハーバードビジネススクールに産業研究の助教授として移った後の1928年だった。後に教授に昇格し、退官する1947年までハーバードに在任した。

 第2次大戦中にはTWI(Training Within Industry) プログラムを開発して監督者訓練計画の発展に貢献し、このプログラムはアメリカで広く取り入れられた。人生最後の2年間はイギリスで過ごし、産業問題に関するイギリス政府アドバイザーを務めた。

思想のポイント

 メイヨーは民主主義や自由、産業文明における社会的問題について書いている。マネジメント思想への寄与として知られているのは、ホーソン実験の結果を報告する『産業文明における人間問題』(The Human Problems of an Industrial Civilisation)の著者としてである。ただし、彼自身はプロジェクトの設計と方向性を決めたのは自分ではないと表明している。

●ホーソン実験

 ウェスタンエレクトリック社のホーソン工場はシカゴにあった。2万9000人ほどの従業員を抱え、おもにAT&T向けに電話機や電話関連機器を製造していた。この会社は先進的な人事方針で知られており、アメリカ学術研究会議による職場の照明と作業員各人の効率との関係についての調査研究を喜んで受け入れた。