米グーグルのアンドロイド端末、米アップルのiPadなどは、最初から消費者が自由に通信事業者を選ぶことを前提に設計されている。日本では、数年前から総務省の主導により、そのような流れを見越した準備が進められてきた。だが、通信事業者の思惑により、議論の中身が矮小化されて足止めを余儀なくされている。

 急ごしらえの3枚だった。

 4月2日の午後5時少し前に、日本通信の福田尚久・代表取締役専務兼COOは、総務省の事務方から緊急電話を受けた。

 その日の午後6時から開かれる「携帯電話端末のSIMロックの在り方に関する公開ヒヤリング」(公聴会)への出席要請だった。急きょ、福田専務は夜の予定をキャンセルして、主張の骨子を3枚の図にまとめて総務省に送り、霞が関へ向かった。

 SIM(Subscriber Identity Module)とは、現在使われている第3世代携帯電話(3G)の端末内部に埋め込まれた「個人情報を記録した小型ICチップ」のこと。日本では、通信事業者が消費者を囲い込むための“手段”として、端末と小型チップをセットにして販売している。このチップは、別の通信事業者の端末に差し込んでも使えないようにロック(制限)がかけられている。これをSIMロックと呼び、総務省が主導する公聴会は、SIMロックを解除する方向性について、関係事業者の話を聞くという場だった。

 現時点では、技術上の問題などが残るが、SIMロックが解除されれば、欧米のようにさまざまな価格帯の端末が増え、消費者は自分のSIMを好きな端末に差して使うことができるようになる。

 公聴会の当日、日本通信の社名は、見学者に配られた議事次第にも入っておらず、当の福田専務も「ぶっつけ本番で臨んだのはあれが初めてだった」と振り返る。

 今回、日本通信に常識はずれともいえる急な出席要請がかかったのには、理由があったのである。

 当初、総務省が予定していた米グーグルの日本法人が公聴会への出席を断ったからだ。内藤正光・総務副大臣の意向で公聴会を組織した総務省は、本音ではSIMロックの解除を積極的に望まない既存の通信事業者を向こうに回して、「SIMロックを解除すべきだ」と強く主張する立場の新規参入事業者が必要だったのである。

SIMロック問題は“積み残し”の案件

 結局、この日の公聴会は、すでにSIMロックの解除が既定路線であることを公の場で再確認するための“儀式”にすぎず、最後まで各事業者の主張は一致することがなかった。にもかかわらず、翌朝の新聞各紙には、「合意」と摩訶不思議な見出しが躍り、NTT労組出身議員の内藤副大臣が意図した方向でまとめられた。

 じつは、このSIMロック解除問題は、昨日今日出てきた話ではない。過去に、総務省内の改革派官僚たちが中心になって組織した「モバイルビジネス研究会」の場において、公式・非公式のヒヤリングを重ねて議論が続けられてきたもので、その成果は2007年9月に『モバイルビジネス研究会報告書──オープン型モバイルビジネス環境の実現に向けて』にまとめられた。

 とかく、通信事業者から「役所が余計な口を出すな」と酷評された報告書だが、改革の方向性としては間違っていなかった。