著書『消費増税は、なぜ経済学的に正しいのか 「世代間格差拡大」の財政的研究』を上梓した東京大学の井堀利宏名誉教授が、金融政策の専門家である京都大学大学院の翁邦雄教授を迎えて語り合う、アベノミクス政策に対する評価や、金融政策と財政の持続性との関連、財政持続性に向けた抜本改革。今回は、年金や医療費を親子間で相互扶助する個人勘定積立方式などの社会保障改革案や、そうした改革を実現させ若い人の意向が政治に反映できるような選挙制度とはどのようなものか、どうすれば改革が進むのか、考えていきます。

−−−−井堀先生の著書では、今までの歳出入改革の延長でなく、もっと抜本的な改革として年金・医療を実の親子間で相互扶助する個人勘定積立方式が提案されていました。その狙いを改めて聞かせてください。

井堀 従来の賦課方式の年金制度は、人口が増え労働賃金も上がる局面においては非常にメリットがありました。しかし年金収益率は基本的に人口成長率と賃金上昇率の和ですから、人口や賃金が減っている現在のような低成長、あるいは今後のマイナス成長の状況下だとどうしてもマイナスになります。つまり、若い人ほど自分が払う保険料より将来もらえる給付額が小さくなる。

年金・医療費を親子間で相互扶助する抜本策など<br />抜本改革は“イベント“効果を機に前進させる<br />【翁邦雄×井堀利宏 対談後編】どう頑張っても、年金の積立金は足りなくなる。従来の延長線上の改革でなく、自助努力で老後資金を準備して実の親子間で相互扶助する個人勘定積立方式は非現実的なのか?

 そこで、経済学者のあいだでは20年ぐらい前から、自助努力で老後の生活資金を準備して実の親子間で扶助し合う個人勘定の積立方式が少子高齢化社会における年金制度の一番有力な選択肢だと言われてきたわけです。

 ただし、問題視されたのは移行期です。

 本書でも書きましたが、これまで賦課方式で保険料を払ってきた高齢者への給付が足りなくなる積立金不足にどう対応するのか。今の高齢者の面倒をみながら若い人たちが自分たちの老後のためにみずから積み立てるという“二重の負担”が発生するため、積立方式への移行は現実的ではないということで政治的な選択肢から外されてしまいました。

 しかし、段階的にやろうと思えば、できないこともない。たとえば1995年より前に生まれた「旧世代」と、以降に生まれた「新世代」に世代ごとに区別し、旧勘定は今の賦課方式を維持しつつも新勘定では積立方式を導入することで、若い人から新たな積立勘定に入ってもらうわけです。15年前の2001年に提言したときには、この積立方式に移行する場合のコストを450兆円と試算したのですが、今だとこの移行コストは700兆円ぐらいかかると言われています。

 旧勘定で足りない世代ーー私も井堀さんも含めてーーの分は若い人から「搾取」するのでなく、ある程度みずからの面倒は自分たちでみることにして、政府に多少の補助をもらいつつ給付額を下げるなどの組み合わせでソフトランディングしていく、というわけですね。

井堀 50〜60年かけて移行すれば実現できるシナリオは描けているのです。若い世代や将来世代にとっては何の問題もありません。が、現在の高齢者にとっては既裁定の年金も下がるかもしれないし、相続税などほかの税金も増えないとも限らないから、既得権をどんどん侵されるために受け入れがたいと考えるわけです。結局、どのぐらい世代間公平の観点から政治的に実現できるかが問題です。

 ひとつ積立方式の良い点を挙げると、保険料を若いときに払っても、税金と違ってそのぶん貯蓄と同じなので手取りの実質賃金が下がらない。今のように若い人が保険料を取られっぱなしで将来に不安を感じてしまうと消費が下がったり、労働意欲が抑制されて経済全体の活性化につながらないわけですが、可処分所得が下がらないということは、労働供給に対してはプラスの効果があって、若い人の将来に対する安心感にもつながる。

 将来不安が消えることで元気になる若い人の数が増えていけば、経済の活性化には多少プラスとなります。すると、実はゼロサムじゃなくプラスサムの改革になる可能性がある。プラスサムのうちの一部を高齢者の補助に回せば、高齢者の負担増も多少は抑えることができます。いずれにしても、年金改革というのは世代間の公平性に関する問題であるという損得勘定をはっきり表に出さないと、抜本的な改革はできません。