ビジネスパーソンなら知っておきたい「交渉」のテクニック。連載3回目の今日は、プロ野球の日本ハム球団の本拠地移転問題に学ぶ、立場の弱い人が逆転するための交渉のテクニックを解説します。

プロ野球の日本ハム球団の
本拠地移転問題は交渉の教科書にぴったり⁉

日本ハム球団の本拠地移転問題から<br />交渉の定番スキルを学ぶ

 先日、プロ野球の日本ハム球団が、新しい球場の建設を検討していると発表しました。
 現在の本拠である札幌ドームからの移転を前提に、札幌市内などで候補地の選定を進めているとのことです。

 日ハムは、2004年に、それまでの東京から札幌に移転した後、着実に観客動員を増やし、地域密着の成功例と見なされてきました。
 それだけに、あえて新球場へ移ろうとするのには意外感がありますが、札幌ドームは第三セクターの運営で、日ハムとしては、毎年の使用料などが負担になっていたのです。

 このケースでは、一つの典型的な交渉展開を見ることができます。

 交渉において交渉者の力量が問われるのは、自分の方が相手よりも立場が弱いと思われるときに、どうやってその差を挽回していくかという場面です。

 ここで重要な概念が、BATNA(バトナ)と呼ばれるものです。
 BATNAとは、Best Alternative To a Negotiated Agreementの略で、「不調時対策案」などと訳されます。
現在の交渉が決裂した場合に、とりうる最善の代替案という意味です。

 これまでの日ハムには、札幌ドームの使用条件等を交渉するにあたって、目ぼしいBATNAがありませんでした。
 交渉が決裂してしまったら(つまり札幌ドームを使えないとなったら)、北海道には他に十分な大きさの球場がありませんし、東京ドームなど、他地域の球場を間借りするにも限界があります。

目ぼしいBATNAがない状態では、相手の言い値をのむしかなく、交渉力は非常に弱いと言えます。

 ところが、新球場計画に現実味があるとなると、これがBATNAとなり、交渉力はグッと強くなります。
 新球場計画と、札幌ドームの出してくる条件を比べて選択することが可能になるからです。
新球場計画が魅力的であればあるほど、札幌ドームへ要求できる水準も高くなることは言うまでもありません。

日本ハム球団の本拠地移転問題から<br />交渉の定番スキルを学ぶ「留保価値」とは、これを下回れば妥結しないという最低条件。「ZOPA」とは、Zone Of Possible Agreementの略で、交渉で妥結する可能性がある範囲のこと。詳しくは、『グロービスMBAで教えている 交渉術の基本 ―7つのストーリーで学ぶ世界標準のスキル』(グロービス著)で解説しています。
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BATNAがないなら作ればいい

 新球場計画というBATNA(バトナ。交渉が決裂した場合の代替案)を得て、日ハムの交渉力はグンと増しました。
 ここでのポイントは、BATNAは、自ら作り出すことができるということです。

 交渉術の古典とも言える『新版ハーバード流交渉術』の著者ロジャー・フィッシャーらも、交渉での立場をよくするために、「見こみのある代替案にさらに改良を加え、実際的な代替案とする」など、BATNAを積極的に探究することの重要性を説いています。 

 日ハムとしては、新球場計画の実現可能性がどれほどか、実現したらどの程度のメリットを生み出せるかという点が、今後の札幌ドームとの交渉を動かす大きなカギとなります。

なお、交渉戦略としては、相手(ここでは札幌ドーム)のBATNAについても考慮が必要です。
 札幌ドームにとってのBATNAとは、日ハムが使わなくなった場合に、ドーム使用料収入がどのくらい見込めるか、です。
 これをどう見積もるかによって、日ハム側が出せる要求水準も変わってきます。

 このように、BATNAは交渉力を大きく左右するものであり、自分と相手のBATNAの価値はいくらかを把握し、自分のBATNAについては価値を高める可能性はないかを探ることが、戦略的にきわめて重要になるのです。

 拙著『グロービスMBAで教えている 交渉術の基本 ――7つのストーリーで学ぶ世界標準のスキル』では、テナントからの退去希望が相次いだ不動産会社の担当者が、相手のBATNAを探りつつ、自分のBATNAを見つけていくストーリーを通して、交渉が動くメカニズムと交渉を構造的に理解することの意義を解説しています。

 テナントの退去希望はくつがえったのか?
 ストーリーを楽しみながら、交渉の基本を学んでいただければと思います。