最近、「政治主導とは何ですか」と聞かれることが多い。

 政治主導は官僚主導と対比して使われているが、日本の政官関係の実態を知らなければなかなか理解できない。

 民主党は「官僚主導から政治主導への転換」を大きく掲げているが、それは今までの日本の政治は、政治主導ではなく、官僚主導だったという認識に基づく。

 だが、ほとんどの自民党政治家は「今までも政治主導だった」と言い張り、官僚もそれに同調してきた。

 確かに表向きは、最後に決断し責任を負うのは政治家だから、自民党などの言い分も全く間違っているとは言えない。

 しかし、政治の役割は形式的、名目的なものに過ぎず、実質的にはほとんどが官僚の意向に沿って政治が追認してきた。これでは、諸外国と比べてとても政治主導とは言い難い。

 政治主導とは国民主導とおおむね同義である。選挙で示された民意を背景に、政治が政策を実現することだ。だから、政治主導ではなかったというと、選挙そのものを実施する意味も否定されかねない。

 他国と比較して、日本の際立った特異性は強力な“官意”が存在していること。官僚主導の政治とは、民意より官意に重きを置く政治ということになるからことは重大だ。

細川政権時代に“官意”が目指した
「常任理事国入り」と「消費税率アップ」

 私は細川護熙政権のとき、首相特別補佐として2つの官意に抵抗した。

 1つは、「国連安保理常任理事国入り」を目指す外務省の官意。もう1つは、細川人気を利用して消費税の税率アップを目論む大蔵省の官意。どちらも2つの省にとっては悲願に近い最優先の官意であった。
 
 私は日本が常任理事国入りを目指すより、常任理事国制度そのものを変革する先頭にたつべきだと考えていたから、外務省の官意に賛成できなかった。