イノベーションの誤訳として知られるのが「技術革新」という言葉。ところが、「技術」から発想した結果、コケた”イノベーション”は数多くあると言われています。Pepper元開発リーダー・林要さんは、ゼロイチを成功させるために大切なのは、「技術」ではなく「隠された○○」だと言います。それは、何か?林さんの著書『ゼロイチ』から抜粋してご紹介します。

技術主導のイノベーションが失敗する<br />シンプルな理由

 

「願望」が主で、「技術」が従

 僕は、エンジニアとして社会人キャリアをスタートさせました。
 しかし、エンジニアとしては、少し変わったところがあったかもしれません。
というのは、技術そのものを愛しているというよりも、何らかの「願望」を実現させるために技術を使うという傾向が強かったからです。

 子どものころからそうでした。
 僕は宮崎駿監督のアニメが大好きで、特に、作中に登場する印象的な乗り物に魅了されました。なかでも、『風の谷のナウシカ』のメーヴェという尾翼のない飛行機が大のお気に入り。「実際にメーヴェに乗りたい」。そう思い立って、まずは第一歩として、1mぐらいの翼をもつ模型のメーヴェを、小学生ながらつくり始めたのです。

 エンジニアだった父親は、その試作をする姿勢は喜んでいたようですが、メーヴェそのものには否定的でした。「尾翼がないと飛行が安定せず、すぐに墜落するはずだ」などと夢のないことを言うのです。「そんなわけがない。あの宮崎駿が考えたフォルムだぞ」と内心反発。黙々とメーヴェをつくり続けました。

 しかし、結果は惨敗。市販の模型飛行機を改造してつくったので、翼の出来がよく、無風のときにはスーッとたいへんよく飛んでくれたのですが、少しでも横風が入るとクルクル回りながら落ちてしまう。メーヴェを日常の移動の道具として夢見ていた僕にとって、これは致命的な欠陥でした。残念ながら、父親の言うとおりだったのです。

 でも、その悔しさが原動力になって、「なぜだろう?」「飛行機が飛ぶメカニズムとは?」と延々と考えるきっかけとなりました。そして、この経験が、その後、大学で空気力学を専攻する原点になったのかもしれません。

 中学時代には自転車に凝りました。
 近所の空地を自転車で走り回るのが楽しかったのです。当時の僕にとっては擬似的な冒険体験。だから、一見走れないと思うところを走ろうとチャレンジするわけです。そのうち、友達と競い合うようになりました。たとえば、ジャンプ。大きな段差のある場所をジャンプして、走り抜けられるかを競うわけです。

 すると、当然、自転車への負荷が高くなって、車輪が歪んで壊れるようになります。そこで、今度は改造を始めました。「車輪はどういう構造になっているのか?」「どうすれば、車輪の強度を高めることができるのか?」と研究。今、振り返ると、これは、僕なりの”エンジニア魂”の芽生えだったのかもしれません。

 つまり、僕にとって大事だったのは、「メーヴェに乗りたい」「自転車で難所を走破したい」という願望。それを叶えるために、技術を学んでいったのです。言い換えれば、「願望」が主で、「技術」が従ということ。これは、現在に至るまで、一貫して変わらないスタンスです。そして、その姿勢が結果として、その後のゼロイチに生きてきたように思うのです。