ベストセラー『統計学が最強の学問である』『統計学が最強の学問である[実践編]』『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』の著者・西内啓氏が、識者をゲストに迎えて統計学をテーマに語り合うシリーズ対談企画。前統計学会会長の竹村彰通先生を迎えた対談の第3回では、統計学の普及のために行なわれている「統計検定」、そして大学入試の意外な実情について率直に話していただきました。(構成:畑中隆)(この対談は、2014年に行なわれたものです)

始まったgacco、そして統計検定

――前回のお話を受けて、統計教育についていろいろと伺いたいと思います。大学での教育だけでなく、最近はMOOC(Massive Open Online Course、ムーク)というオンラインでの統計学の授業もありますね。

なぜ、東大、京大の入試に<br />「統計」の問題は出ないのか?竹村彰通(たけむら・あきみち) 1976年東京大学経済学部経済学科卒業。1982年に米国スタンフォード大学統計学科 Ph.D. 米国スタンフォード大学統計学科客員助教授、米国パーデュー大学統計学科客員助教授を経て、1984年東京大学経済学部助教授に就任。 1997年より東京大学大学院経済学研究科教授、2001年より東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻教授。2011年1月〜2013年6月には日本統計学会会長を務めた。 主な著書に『多変量推測統計の基礎」』『統計 共立講座21世紀の数学 (14) 』(ともに共立出版)がある。

竹村 MOOCは「大学レベルの授業をインターネットで無料公開する」という主旨のもので、アメリカで昨年ぐらいからブレイクし始めています。今秋、日本でもMOOCの1つとして、「gacco」(ガッコ:主催NTTドコモ、NTTナレッジ・スクウェア株式会社)が始まっていて、私が講師を務める「統計学」も今年の11月からスタートしました。独自のテキストも用意し、反響などを楽しみにしています。

 もう1つ、統計学会は2011年から「統計検定」にも携わっています。受験者は、最初は学生が中心だろうと考えていたのですが、社会人の受験者が多いので驚いているんですよ。1級〜4級まであって、2級がだいたい統計学の基礎(大学の基礎)、1級が大学専門分野のレベルを考えています。

西内 私が知る限りでも、学生の時より、ビジネスマンになってからのほうが統計学を勉強する人がたくさんいますね。

竹村 たとえば、かつては工場で製品に不具合品が出たとき、その原因がたまたまの偶然でできたのか、機械の不具合が原因だったのか、その特定に統計の知識が必要だったからでしょうね。トヨタなどでは統計的品質管理の教育をさかんに行なっています。日本製品の品質向上の背景には、このような統計的手法があったことは確かです。アメリカは、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた時代に日本のやり方を逆輸入しようとしたんですよ。

西内 そこでアメリカ人が驚いたのは、算盤と方眼紙ぐらいしかないような時代からずっと、日本の工場の現場ではボトムアップ式にみんなでちゃんとデータを分析し、それで品質管理をしている点だったそうです。アメリカは日本方式をマネしようとしたけれども、うまくいかない。そこでITを導入した。ボトムアップではなく、トップダウンで品質管理をしたところ、アメリカでも品質が上がるようになった。当時のモトローラなどがその典型ですね。

――なるほど。そうすると最近の統計学を取り巻く変化としては、以前はモノづくりの現場で品質管理として統計学を学んでいたけれど、いまやウェブ系、ITの人も必要としている。そう考えてよろしいでしょうか?

西内 それに加えてもう1つ、統計学への一般的な関心の高まりが背景にあると思っています。先日、ある相談を受けました。それは「社会人のための資格を勉強するウェブサイトを作りたい」というもので、数年前までは「英語と会計」に資格試験の人気が集中していたのが、いまや「英語と統計」に移っているというのです。優秀なビジネスマンにとって会計は必須教養ですが、それだけでは差別化できなくなっている、これからは統計力で差をつける時代だということで、受講者には「統計検定」を受けさせたいという話をしていました。

竹村 それはありがたい話ですね。そういえば、来年、早稲田大学の政治経済学部の必修の講義に「統計検定3級」を使っていただけることにもなりました。1000人単位の採用です。オンデマンド講義、つまりコンピュータによる教育です。先ほどから話に出ていた統計学の先生不足も、eラーニングであれば問題ありません。

西内 その動きは期待できそうですね。

小・中・高の統計教育はどう変わった?

なぜ、東大、京大の入試に<br />「統計」の問題は出ないのか?西内啓(にしうち・ひろむ) 東京大学医学部卒((生物統計学専攻)。東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を経て、現在はデータを活用する様々なプロジェクトにおいて調査、分析、システム開発および人材育成に従事する。 著書に『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)、『1億人のための統計解析』(日経BP社)などがある。

西内 ところで、小学校、中学校、高校では、この数年で教科書の内容が少し変わってきたように見えるのですが、どういう経緯で統計学が数学のカリキュラムに追加されたのですか。

竹村 日本ではゆとり教育が実施された際、統計学が10年ほどずっと教えられていませんでした。しかし逆にアメリカでは、その間に統計教育を充実させていたんですよ。アメリカでは大学に行くときにAP Statisticsという試験があって、統計学だけで10万人以上が受験します。合格すると、大学に入っても最初の統計学のコースを取らなくて済むので、高校生も必死になって統計学を勉強しておこうとするんです。

西内 10万人単位の高校生が統計を受験科目にしているんですか。

竹村 もう、日米では逆転どころか、完全に差がついてしまいました。文部科学省のほうも、あまりに差がありすぎるということで、カリキュラムの数学の中に「統計」を復活させたのです。ところがここに、思わぬ問題が出てきました。日本の数学の先生たちなんです。残念ながら、少なからずの先生が「統計」を教える自信がなく、なかには「受験から統計は捨てなさい」と指導をする先生まで出てきているらしい。予備校でも同じ状況で、今回「数学I」の中に「統計」が入りましたので、センター試験でも統計学は必修のはずなのに、予備校の先生でさえ教える自信がない。

西内 センター試験の必修となると、何十点かの配点があるのでは……。

竹村 いまのところ、統計学の比重はそれほど大きくはありません。しかし、数学の先生が統計を教えられないというのは、今後の統計教育の新しい壁になってくることは間違いありません。とても心配です。