『四月は君の嘘』『ボールルームへようこそ』『ましろのおと』といった話題作を次々と世に出す一方で、『修羅の刻』『DEAR BOYS』『鉄拳チンミ』『龍狼伝』といった、漫画好きなら誰もが知る長期連載を擁する「月刊少年マガジン」。その編集長である林田慎一郎氏と、『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』の著者・松村嘉浩氏による対談をお送りします。
この対談は、松村氏の本に衝撃を受けた林田編集長が、Facebookで直接連絡をとられたことをきっかけに実現したものです。メジャー少年漫画誌の編集長は、なぜ異色の経済書に惹かれたのか?その理由に迫りました。

「月刊少年マガジン」編集長の心をつかんだ<br />異色の経済書は、どのように生まれたか?

明治大の授業の課題図書に

松村 今日は無理を言ってお時間をとっていただいて、ありがとうございます。

林田 いえいえ、私も松村さんにはぜひ一度、直接お会いしたいと思っていましたので、対談のお話をいただいたのは、渡りに船でした。

「月刊少年マガジン」編集長の心をつかんだ<br />異色の経済書は、どのように生まれたか?林田氏が編集長を務める「月刊少年マガジン」。1975年の創刊以来、数々の名作を送り出してきた。


松村
 そう言っていただけると、とてもやりやすいです。以前、Facebookで少し教えていただきましたが、どのような経緯で私の本を読まれたのでしょうか?

林田 私には大学生の娘がいるのですが、彼女の部屋に忍び込んで(笑)本棚にあったのを見つけたんです。子どもの顔を使ったカバーデザインとタイトルが衝撃的で、思わず手に取ってしまいました。

松村 ああ、それは前作の『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』のほうですね。あのカバーは、一部から絶賛、一部から不評で極端に評価が分かれているんですよ。

林田 無難なものよりも、そのほうが良いことが多いですけどね。

松村 でも、ちょっとインパクトが強すぎたみたいで。とくに女性からはコワくて触れないと不評でした(笑)。それで増補版のカバーには、池田学さんのアート作品を使わせてもらうことにしたんです。

林田 確かに、子どもがひどい目に会うんじゃないか、という予感をさせる、女性向きではないデザインではありましたね。でも、“はっ”として手に取らせる力はすごくあるカバーでした。それで、ちょっとページをめくってみたら、引き込まれて一気に最後まで読んでしまったのです。そして、こんな本を書く人はどんな人なのか、とても興味を持ってしまった。ところがGoogleでお名前を検索しても、本以外に何も出てこない。

松村 すみません。無名の者なので(笑)。

林田 それで今度はFacebookを調べてみたら、ついにお名前を見つけて。その勢いでメッセージまで送らせていただいたという次第です。私は漫画編集者という仕事をしていますが、SNSでそんなことをしたことは、ほとんどないのです。でも、この本にはものすごく惹きつけられて、どんな人が書いたのか興味が止まらなくなってしまいました。

松村 実は、本を出して以降、直接会って話したいという方からFacebookでメッセージをいただいて、お会いすることが結構あるのです。みなさん、「この作者はいったい何者なんだ?」という興味がおありのようです(笑)。

林田 そうなんですか!私のような人が結構いるんですね。でも納得です。やはりこの本には、そういう力があると思います。

松村 でも、大学生の娘さんに買っていただけた、というのは意外ですね。というのは、大学生ぐらいの人に読んで欲しいと思ったものの、社会を経験していない大学生にはちょっと難しいようで、あまりポジティブなフィードバックはないんですよね。

林田 私も、娘になんでこんな本をもっているのか、不思議で訊いてみました。そうしたら、彼女の大学の授業の課題図書だったのです。

松村 本当ですか!それはすごく嬉しいです。

林田 娘に頼んで、なぜ課題図書にしたのか、担当の小原英隆教授(明治大学)に訊いてきてもらいました。ちょっとメモを読み上げますね。

1. 金融論前期は金融政策がテーマなので、この本は金融政策の市場関係者からの見方が、書名とは違い、しっかりと明確に書かれているので採用した。金融政策にはリフレ派と懐疑派の対立があるが、この本は懐疑派の立場から金融実務家の視点で金融政策を論じている。

2. 学生に興味をもってもらいたかった。『進撃の巨人』など若い世代が読むマンガを援用しながら日本経済を論じている点が経済書として珍しい。

3. 書名のとおり、日本の経済の先行きには厳しいものがあり、学生さんたちに自分の就職だけでなく将来の日本社会について考えるきっかけとしてほしかった。

松村 ありがとうございます!これまでに頂いたコメントのなかで、いちばん的確な書評なのではないかと思います。小原教授にも大感謝です。

『進撃の巨人』で気づいた「若者の不安」

林田 せっかくこんな機会をいただいたので、私からもお聞きしたいのですが、松村さんのような経歴の方が、どうしてのこのような異色の本を書かれることになったのでしょうか?娘とも、松村さんの職歴のすごさについては話題になりました。

松村 いえいえ、ただずっと市場で生きてきただけで、まったく大したことありません、本当に。でも、そんな私が本を書くことにしたのは、端的にいえば現在の金融政策にキレたからです(笑)。日銀の異次元緩和、マイナス金利ときて、いよいよ「ヘリコプターマネー」についての議論まで平然と行なわれるようになってしまいました。金融の実務家から見たら、本当にあり得ないことをやっているわけです。このままでは、本当に日本がふっとんでしまいかねない。
 同じことを考えているエコノミストも多くいるはずです。ところが、アベノミクスに逆らうようなことを表立って言うのは憚られる雰囲気なのです。

林田 それは、お上が株価をあげて儲けさせてくれようとしているのに、なんてことを言うんだ、ということでしょうか?

松村 そうですね。とくに株価に依存する証券会社系のエコノミストは、はっきりとものを言えなくなったと思います。そこで私のような自由な立場の者が、金融実務家の立場から声を上げてみたというわけです。
 金融政策は専門的な分野なので、本当は一般の人が知る必要がないものです。ところが、それをいいことに、政府と日銀が危険な道へ踏み出してしまっている。いよいよ、何が起きているのかを、一般の人にも知ってもらわなければならないステージにまで来てしまった、と考えました。
 では、金融政策のような専門分野を一般の人にわかってもらうにはどうしたらいいのか?そこで政策の話を直接するのではなく、なぜこんなとんでもない政策をするはめに陥っているのかを、超大局的に説明するところから始めてみたというわけです。実は、私たちは「成長しない世界」という大きな時代の変化点にいるというふうに。加えて、小説風な書き方にして一般の方にも読みやすくする努力をしました。

林田 人類全体の大きな歴史から見た「成長しない世界」の説明は素晴らしくわかりやすかったですし、文章もお上手ですよね。以前から文章を書かれていたのですか?

松村 ありがとうございます。これほど長い文章は初めて書きました。全くの手探りで、本人は全然自信がありません。でも、結果的には、筆致の良さや「成長しない世界」の説明のわかりやすさが評価されてしまっているようです。
 逆に、この本が金融政策批判の本だという点であまり注目されないのは、かなり予想外でした。残念ながら、当初の目的である「専門分野である金融政策を一般の人に理解してもらう」ということはなかなか困難なようです。そういう意味でも、今回、的確なポイントを評価いただけて、小原教授に大学の授業で金融論の教材に使っていただけたことは、すごく感謝しています。

林田 私は少年漫画誌の編集をかれこれ30年以上やっています。少年漫画は大人向けの漫画とは違う使命があると、割とまじめに考えておりまして……。
 上から目線で先生風を吹かせるわけではなく、少年と同じ目線で、社会はいろいろと矛盾があったりして大変かもしれないけれど、人生には意味があるし、がんばって生きていこう、というメッセージを読者に送ることが少年漫画の使命だと思っています。松村さんの本が、それと同じ姿勢で書かれていたことが、私がここまで惹かれた理由かもしれません。

松村 ああ、そう言っていただけると、とても嬉しいです。

林田 あと、“不安な社会”という自分の興味の範疇にも合っていたことも大きかったですね。私は昔、少年向けのマネー漫画の担当を手伝ったことがありました。その時も、少年たちがもつ「将来への不安」に応えようというのが、原作者の企画背景にあったのです。

松村 そうなんですか。その漫画のお話もあとで詳しく聞かせてください。
 本のタイトルにもある「不安」については、御社の『進撃の巨人』を抜きにしては語れませんでした。作中では、冒頭から『進撃の巨人』が登場しますが、これはただの援用ではありません。実際のところ『進撃の巨人』が気づかせてくれたことが大きいのです。
 というのは、私たち金融実務家は「市場」という世の中の最前線にいて、世の中がいかにヤバいのかを肌身で感じています。でも、一般の人にはそれはわからないだろうと思っていました。ところが、『進撃の巨人』のダークな世界観が多くの若者に受け入れられたことで、論理的な理由はわからなくても、若者は世の中がヤバいことを感じとっていると、気づかされたのです。
 そこで、みんなが感じている漠然とした不安の本質は何なのかを論理的に解説して、若者にメッセージを送ってみようと思ったことが、本書を書く始まりでもあったのです。『進撃の巨人』を読んで不安を覚えている若者に、いま起きている現実と将来の日本社会について真剣に考えてほしいというメッセージを込めて、こんなヘンな政策をやるはめになったのは一体なぜなのか、巨視的な歴史観から見て本質的に示せればと、書き始めてみたのでした。

林田慎一郎(はやしだ しんいちろう)
福岡県久留米市出身。1985年早稲田大学法学部卒業、同年講談社入社。
「週刊少年マガジン」「ミスターマガジン」等を経て2010年より「月刊少年マガジン」編集長。

※この対談の後篇は8/19(金)に公開予定です。