今、ビジネススタイルもオフィス環境も大きく変化してきている。それとともに、個人の仕事のやり方も変わらざるを得なくなってきた。社会の変化やニーズに合わせて成果を上げるためには、自分自身の変革が必要だ。まずは仕事のベースであるデスクから始めよう。

作業の効率が上がる

 新卒入社から10年余り、それなりに仕事をこなしてきた山下と鈴木(仮名)は、おなじ営業セクションで、デスクも隣り合わせだ。同期入社の長い付き合いで、ともに独身だから、よくふたりで飲みに行く。

鈴木は不安な顔で、山下にいった。

 「聞いたか? 部署のフロア配置が全社的に変わるかもしれないって……」

 「共用デスクにして、個人の机をなくす“フリーアドレス”の噂か?」

 鈴木は憂鬱な顔でうなずく。鈴木のデスクは、書類や資料がいつも積み上がっていることで、営業部内でも有名だった。

 「片付けることを考えるだけでも頭が痛いよ」

 鈴木ほどではないが、山下のデスクもいつも乱雑だった。

 「ああ」

 山下はうなずいてから、鈴木にいった。

 「でも、苦労はそれだけじゃない。いつでも、どこでも仕事ができるスタイルに変わるのだから、過程より結果が問われるようになるんじゃないか。会社はこれまで以上に社員の“成果”に注目するって、噂していたやつもいた。仕事の評価も、いよいよ成果主義に傾くみたいだな」

 ふたりは良きライバルとして、相応の成績を挙げてきた。それだけに、ふたりとも憂鬱な表情になった。

 しばらくして、山下は自分のデスクの上に、新しい機材を持ち込んだ。それがスキャナーだと聞いて、鈴木は驚いた。

 「わざわざ、自分の机に専用機を置かなくたって」

 フロアには業務用のスキャナーが一台あるし、プリンターの複合機でもスキャンはできる。

 「まあね。でも、ここにあれば、いつでも好きなだけ使えるから」

 山下は何か心に思うところがあるように言う。

 鈴木は隣のデスクから、山下がノートパソコンの付属機器のようにしてデスクに置いたスキャナーを使う様子を、しげしげと眺めた。スキャンといえば、一面終了するまで、じっと待つ、という感覚が鈴木にはあった。また、スキャンできる用紙も、おのずと制約がある、と思っていた。

 だが、山下は、実にさまざまな紙を――薄くて小さなレシートや伝票から、分厚いカード類、何重にも折り畳まれた長いパンフレットから、30〜40枚にわたって両面に印刷された資料まで――を、デスクのスキャナーに次から次へと投げ込むように読み取らせていた。

 鈴木は、数えるほどしか、スキャナーで資料をデータ化したことがなく、業務用のスキャナーも、複合機でのスキャンも、正確な使い方は、正直なところ、今もよくわからない。コピーとプリントで用は足りる、と自分を納得させていた。けれども、書類が積み上がった自分のデスクの谷間から、隣で次々とスキャンする山下の気軽さと、作業の速さをそっとみていると、スキャンのイメージが変わってゆく思いだった。

 気がつくと、自分ほどではないものの、乱雑に書類や資料が積まれていた山下のデスクの上には、パソコンとスキャナー以外、何もなくなっていた。わずか一週間で、きれいさっぱり片付いた山下のデスクをみて、鈴木は感嘆した。デスクの上から書類や資料はなくなったものの、その実、なくなったものは何もないのだ。

 山下は嬉しそうに鈴木にいった。

 「デスクの“断捨離”はこれで終り」

 山下の顔色も、スキャナーを持ち込む以前に比べて、さっぱりと朗らかにみえた。すっきりとしたワークスペースで、山下はなんだか仕事もしやすそうだった。

 それから、上司や後輩が仕事のことで山下に声をかけることが増えてきた。同じことは自分にだって分かることなのに、と少しばかりうらやましく思う鈴木だった。