橘玲の日々刻々
2016年12月19日 橘玲

「いじめ防止対策」がいじめを増やす!?
[橘玲の日々刻々]

 いじめがあいかわらず、大きな社会問題になっています。最近も文科省の有識者会議が、「自殺予防、いじめへの対応を最優先の事項に位置付ける」との提言をまとめ、「いじめを小さな段階で幅広く把握するため」いじめの認知件数が少ない都道府県への指導を求めました。

 いじめ防止対策推進法は子どもが「心身の苦痛を感じているもの」すべてをいじめと定義するのですが、報道によれば、2014年調査で最多の京都府と最少の佐賀県のあいだに約30倍の開きがあったのだそうです。これは「佐賀県はいじめが少ない」ということではなく、「教師が真剣にいじめと向き合っていない」ということのようです。

 しかしそうすると、次のような疑問が湧いてきます。

 いじめ認知件数最多の京都府は、小さな段階でいじめの芽がつみとられるのですから、子どもたちはいじめのない学校生活をのびのびと送っているはずです。それに対して佐賀県では、教師と学校の怠慢によって弱肉強食の文化が学校に蔓延し、いじめ自殺が相次いでいることになります。しかし不思議なことに、そんな話は聞いたことがありません。だったらこの政策提言にエビデンス(証拠)はあるのでしょうか。

 いじめ対策への違和感は、それが「教師がきびしく指導すれば、子どもは素直に従うはずだ」という貧しい人間観にもとづいていることです。そういう自分は、子ども時代に、なんでも大人にいわれたとおりにしていたのでしょうか。――そんな魂の抜けたようなよい子が“有識者”になるのかもしれませんが。

 しかし誰もが知っているように、人間はもっと複雑です。

 禁煙を促すために、タバコのパッケージに健康への害を明示することが各国で義務づけられています。これはどこから見てもよい政策に思えますが、心理学の研究者から不都合なデータが出てきました。喫煙者をさらに減らそうと腫瘍や遺体などどぎつい画像をパッケージに載せたところ、逆に喫煙者が増えてしまったというのです。

 なぜこんな奇妙なことが起きるのでしょうか。それは次のように説明できます。

 喫煙者がタバコを吸いたくなるのは、ストレスを感じたときです。そのため彼らは、強い禁煙メッセージ(このままだと肺がんで死ぬことになる)を受け取ると、その不安を打ち消すためにますますタバコを吸いたくなってしまうのです。

「よいことが悪い結果をもたらす」という不都合な事例は、ほかにいくつも見つかっています。たとえば健康増進のため、マクドナルドがヘルシーなサラダをメニューに加えたところ(健康に悪い)ビッグマックの売上が驚異的に伸びました。

 消費者は、サラダを注文したことでビッグマックの高カロリーが帳消しになると誤解しただけではありません。メニューにヘルシーなサラダがあると知っただけでも、目標を達成したような満足感を覚え、いそいそとビッグマックを注文したのです。

 だとすれば、文科省のいじめ調査も逆効果になる可能性があります。

「対策」の結果で、学校でものすごい数のいじめが行なわれていることが判明したとしましょう。するとそれを見た子どもは、みんながやっているのだから、自分もいじめていいと思うかもしれないのです。

『週刊プレイボーイ』2016年12月12日発売号に掲載

 

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。近刊『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)が30万部のベストセラーに。

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