新興国の雄・ブラジル、
銃とドラッグが蔓延する国の理想と現実
[橘玲の世界投資見聞録]
サンパウロは南米最大の巨大都市でホームレスが非常に多い
サンパウロは人口1100万人、都市圏人口は2000万人を超える南米最大の巨大都市だが、観光客が訪れるのは近代的なオフィスビルが建ち並ぶパウリスタ大通りと、旧市街のセントロ、あとはリベルダージ地区の日本人街くらいだろう。
サンパウロに着いたのは素晴らしい天気の日曜で、パウリスタ大通りではショッピングセンターの前でエアロビクスをやっていたり、あちこちでフリーマーケットが開かれたりで、地元のひとたちで賑わっていた。
パウリスタ通りはリオデジャネイロのビジネス街よりもずっとモダンだが、嫌でも目につくものがある。ホームレスがものすごく多いのだ。それも、歩道の真ん中で堂々と寝ていたりする。なんというか、「人間やめますか」感が半端ないのだ。





翌日の月曜は朝から雨が降っていたが、地下鉄に乗って旧市街のセントロに行ってみた。
セントロのシンボルはセー広場に建つカテドラル・メトロポリターナで、ゴシック様式の尖塔を持つ美しい教会だが、それよりも驚いたのは広場のあちこちにホームレスが寝ていることだ。雨がびしゃびしゃと降るなか、まったく気にせず毛布にくるまっている(意識を失っているのかもしれない)。


セー広場の東にオペラ座(サンパウロ市立劇場)があるのでそこまで歩いてみたのだが、劇場の横が高速道路になっていて、その高架下が巨大なホームレス村になっていた。オペラ座の先にセントロの商店街があるのだが、そこでは誰が買い物客で誰がホームレスかわからないくらい渾然一体となっている。




ただし、ホームレスが多いからといって一概に治安が悪いとはいえない。アルコールなのかドラッグなのかはわからないが、彼らのほとんどは気力をなくし、ただ寝ているか、呆然と座っているだけだ。地元のひとたちも、ホームレスの脇をまったく気にせず歩いている。
セー広場の近くにリベルダージの日本人街があるが、かつては「サンパウロでもっとも安全」といわれたこの地区も最近はホームレスの姿が目立つようになったという(高齢化で住民の数が減ったということもある)。
ブラジルではルラ大統領の時代に、経済成長の恩恵を貧困層に再分配するために「ボルサ・ファミリア(家族交付金)」と呼ばれる生活保護制度が始まった。その一方でサンパウロでは、100万人以上が市内に点在するスラムで暮らしており、ワールドカップの新スタジアム建設のために労働者階級の住む住宅が取り壊され、さらに大量のホームレスが生まれたとも報道された。
2016年のブラジルの実質国内総生産(GDP)は前年比マイナス3.6%で、とりわけ家計消費が前年比マイナス4.2%と大きく落ち込んだ。その理由は失業率の高止まりで、16年11月~17年1月の失業率は12.6%と近年では最悪の水準となった。リオオリンピックの開催前に大規模な抗議デモが行なわれたように、経済状況の悪化でひとびとの生活が苦しくなり、ホームレスが増えたのは間違いないだろう。
とはいえ、リオデジャネイロもサンパウロも、訪れてみれば言われているほど危険ではなかった。旅行者が歩くのはビジネス街か裕福な地区で、ほとんどのひとはふつうに暮らしているのだから、当たり前の話でもある。
ただし、銃とドラッグが蔓延しているのは間違いなく、安全な日本に比べれば凶悪犯罪の数ははるかに多い。人通りのない場所は避け、夜に出歩くのは繁華街だけし、貧困地区に足を踏み入れないなど、最低限の注意が必要なのはもちろんだ。



橘 玲(たちばな あきら)
作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』(ダイヤモンド社)『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)など。最新刊は、小説『ダブルマリッジ』(文藝春秋刊)。
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