橘玲の世界投資見聞録
2017年4月27日 橘玲

日本のマスコミが"極右"と報道する国民戦線ルペン党首の
目指すべき社会は「移民管理を徹底した日本」
[橘玲の世界投資見聞録]

 4月23日に行なわれたフランス大統領選の第1回投票では、独立系中道右派のエマニュエル・マクロンと、右派・国民戦線(FN)党首のマリーヌ・ルペンが5月7日の決戦投票に進むことになった。選挙前の世論調査どおりの結果で、決選投票の動向調査ではマクロンがルペンを大きく引き離していることから安心感が広がっているが、イギリスのEU離脱国民投票やアメリカ大統領選を例に引くまでもなく、なにがあるかわからないのが最近の傾向だ。

4月23日のフランス大統領選の第一回投票結果を伝える現地の新聞         photo by getty images ,Chesnot

 各社の報道を見ていて気になるのは、いまだに国民戦線に「極右」のレッテルを貼るところが大多数なことだ。極右(ultranationalism)は「国粋主義」のことだから、たんなる「自国ファースト」のナショナリズムではなく、自民族の優越性を前提とした人種主義(レイシズム)と見なされている。

 日本のマスメディアは、「極右」国民戦線に投票した700万人を超えるフランスの有権者をレイシストと決めつけ、もし決戦投票でルペンが勝つことになれば、フランス革命によって近代の画期を開いた国を「(人種差別的)極右国家」と呼ぶのだろうか。――ついでにいうと、マリーヌ・ルペンは目指すべき社会を「移民管理を徹底した日本」だと公言している。そうなると、日本こそが「極右国家」ということになってしまう。

 何度か述べたように、欧米の右派ポピュリズムが有権者の広範な支持を得るようになったのは、極右からリベラルに「反転」したからだ。

[参考記事]
●現代のポピュリズムは「原理主義的なリベラル」。トランプ大統領は「公約を守り巨悪と戦うヒーロー」を演じつづけるだろう
 

 マスメディアはいつまでもおどろおどろしいレッテル貼りをつづけるのではなく、「右翼」「伝統保守」「右派共同体主義」などより妥当な表記を使うべきだろう。

右派と左派のポピュリズム

 今回の第1回投票で興味深いのは、左翼党党首のジャン=リュック・メランションが得票率19.58%で四強の一角に入ったことだ。それに対してオランド大統領の所属する与党・社会党の候補者ブノワ・アモンは、本命とみられたマニュエル・バルス首相を予備選挙で破ったにもかかわらず、得票率6.36%という衝撃的な惨敗で、既成左翼(リベラル)の退潮を決定づけた(オランド大統領は支持率のあまりの低さに出馬を断念)。

 一方、野党第一党・共和党のフランソワ・フィヨンはスキャンダルに見舞われながらも得票率20.01%でマリーヌ・ルペン(同21.30%)に迫ったから、自由・平等・友愛のフランス革命の大義を奉ずる「共和主義保守」には強固な支持層があることが明らかになった。

 ベネズエラのウゴ・チャベスやキューバのフィデル・カストロを「尊敬する政治家」と公言するメランションは「反米・反グローバリズム」の闘士で、NATO(北大西洋条約機構)からの脱退、ECB(欧州中央銀行)の独立性放棄、(単年度の財政赤字比率がGDPの3%を上回ってはならないという)EUの安定・成長協定の放棄を掲げ、EUとの再交渉が受け入れられなければ離脱を問う国民投票を実施するとしていた。

 また典型的な財政拡張主義(大きな政府)で、5年間で2750億ユーロ(約33兆円)の歳出拡大を公約し、それを公共住宅の拡大や再生可能エネルギー関連投資、公務員の賃金上昇や最低賃金の引き上げ、年金支給年齢の60歳への引き下げ、中小企業向け法人税減税に充てると主張していた。必要な財源は、年収40万ユーロ(約4800万円)以上の富裕層に対する増税、徴税逃れや所得税の例外規定の撤廃、経済成長などによって賄うのだという。移民受け入れに寛容なことを除けば、その政策はマリーヌ・ルペンに瓜二つだ。

 しかしこれは奇異なことではなく、ルペンとメランションは同じポピュリズムから生まれた双生児だ。米大統領選でトランプと(民主党予備選でヒラリー・クリントンに対抗した)バーニー・サンダースの政策がよく似ていたように、右派(マリーヌ・ルペン)と左派(メランション)のポピュリストのちがいはじつはほとんどないのだ。

 ヨーロッパの政治を俯瞰すると、オランダ(自由党)、デンマーク(国民党)、スウェーデン(民主党)などゆたかな「北のヨーロッパ」で右派ポピュリズムが台頭する一方、スペイン(ポデモス)、イタリア(五つ星運動)など「南のヨーロッパ」では左派ポピュリズムが大きな影響力を持ち、ギリシア(アレクシス・ツィプラスの急進左派連合)では政権を担うまでになった。

 先進国ではどこも、グローバル化や知識社会化(テクノロジーの発達)によって格差が広がり、社会が複雑化している。それにともなって既成の政治への不満が募り、直感的な道徳感情に訴えるポピュリストの手法が伝統的な政党政治を圧倒するようになった。

 ポピュリズムは「主義」ではなく大衆迎合的な政治手法なので、有権者を効果的に動員できるどのような政治思想とも組み合わせ可能だ。(相対的に)貧しい国(南のヨーロッパ)では「平等」を、ゆたかな国(北のヨーロッパ)では「治安」や「自由(近代的市民社会の価値観)」を掲げてひとびとのあいだに浸透していく。フランスは「北」と「南」のヨーロッパの真ん中に位置するので、右派と左派のポピュリズムが同時に登場したのだろう。

1990年代以降の新右翼の台頭はグローバル化に起因

 2002年のフランス大統領選では、マリーヌの父親で国民戦線の創設者であるジャン=マリー・ルペンが社会党のリオネル・ジョスパン元首相を抑え、共和主義保守のシラクとの決戦投票に進んだ。この事態に世界じゅうが驚愕し、右派ポピュリズム(新右翼)がなぜ「近代生誕の地」フランスで台頭したのか、侃侃諤諤の議論が巻き起こった。ここでは1980年代からルペンとフランス新右翼の研究をつづけてきた畑山敏夫氏の著作『現代フランスの新しい右翼』(法律文化社)をもとに、その議論を概観してみよう。

 多くの論者に共通しているのは、「新しい右翼」は冷戦終焉後の時代状況とともに先進社会に登場した現代的な現象だという理解だ。これは、「新しい右翼は、けっして過去のファシズムの再現ではない」ということでもある。

 フランス政治学の重鎮パスカル・ペリノー(パリ政治学院教授)は、「新しい右翼を戦間期のファシズムと直接的・一般的に混同するのは曖昧であり誤謬である」と断言する。かつてのファシズムは「今日経験されているものに比べてきわめて深刻な経済社会的危機」のなかで、屈辱の敗戦(ドイツ)や無視された戦勝(フランス)という大衆のフラストレーションとともに登場したが、現代社会にそのような条件は欠けており、「新しい右翼政党は一党支配をもくろむ全体主義政党ではなく、指導者原理も採用していないし、経済への強力な国家介入や社会のコーポラティズムにそった組織化も追求していない」からだ。

 日本でも右傾化を「戦前回帰」、安保法制を「戦争法案」、テロ等準備罪(共謀罪)を戦前の治安維持法に短絡的に結びつける論調が広く見られるが、戦前と現代では国際状況も日本社会も大きく変わっているのだから、「右翼」もまた時代に合わせて変容するはずだ。フランスの政治学者たちの「ファシズムの系譜で新しい右翼を理解しようとしてはならない」との警告は、「いつか来た道」を繰り返すだけの日本の「進歩的」メディアや知識人にもあてはまるだろう。

 1990年代以降の新右翼の台頭が、グローバル化に起因するものであることは論者のあいだに大きな意見の相違はない。ヨーロッパにおけるグローバル化問題とは、ひとつは移民(ただし「問題」とされるのはイスラーム圏からの移民だけ)、もうひとつはEUという超国家による「主権の剥奪」だ。

 1997年にフランスとEU15カ国における外国人ぎらいの感情を調べた研究がある。興味深いデータなので、表にまとめてみた。


 これを見るとわかるようにフランスの外国人ぎらい感情はEUの平均よりおしなべて高いが、その理由は巷間いわれているような失業や治安というよりも、「社会保障システムの悪用」や「教育の質の低下」だ。――この調査が行なわれたのがユーロ危機の10年前であり、IS(イスラム国)による一連のテロはもちろん2001年の同時多発テロが起きる前であることに留意する必要がある。

 だがこれは、フランスが移民に冷たい社会だということを必ずしも意味しない。共和主義とは普遍主義でもあり、「自由・平等・友愛のフランス革命の理念を受け入れた者は誰でもフランス人になれる」という建前で成り立っているから、両親ともに移民でもフランスに生まれた子どもはフランス国籍を与えられるし、フランス人との結婚によって市民権を取得できる。世界全体を「フランス」という啓蒙の光で照らすことが栄誉ある革命の理念なのだ。

 そのためフランスでは、他国に先んじて移民に対する生活保護や支援制度が導入され、移民の子どもたちに積極的にフランス語やフランスの歴史が教えられるようになった。このことが逆に、移民が社会保障制度や教育制度を蝕んでいるとの反感を募らせる理由になったのかもしれない。