橘玲の日々刻々
2018年4月2日 橘玲

「森友文書改ざん問題」で分かった
日本の官僚は前例がないと保身に走る
[橘玲の日々刻々]

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 森友学園問題で朝日新聞の報道を「哀れですね」と嘲笑っていた安倍首相が、朝日新聞のスクープによって窮地に陥っています。「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」と大見得を切った首相答弁に驚愕した財務省が公文書を大幅に改ざんしていたというスキャンダルは、首相の悲願である憲法改正を吹き飛ばしただけでなく、このままでは9月に予定されている自民党総裁選での3選も危うくなりそうです。

 公文書改ざんが明らかになってから、官僚経験者らが「こんなことは考えられない」と口をそろえて解説しています。決裁文書を改ざんすれば刑法犯の虚偽公文書作成等の罪に問われかねず、優秀な官僚がそんな愚を冒すはずはないというのですが、はたしてこれはほんとうでしょうか。

 官庁の情報隠しはこれまでも頻繁に起きてきました。すぐに思いつくものでも、防衛省が廃棄したとしていた南スーダンでの自衛隊の日報が再調査で発見されたり、加計学園の獣医学部新設をめぐって文部科学省が「総理のご意向」と書かれた文書の存在を否定したのち、追加調査で見つかった例などが思い浮かびます。こんなことがごく日常的に行なわれているのなら、そこから決裁文書の改ざんまではほんの一歩でしょう。

「官庁のなかの官庁」である財務省官僚は「規則を守る」倫理観が徹底されているとの声もありましたが、公文書改ざんは近畿財務局の一存で行なったことではなく、理財局を中心とした「組織犯罪」の疑いが濃厚になってきました。真相は検察の捜査を待たなくてはなりませんが、逮捕者が何人も出る事態は避けられそうもありません。

 今回の「公文書改ざん事件」を理解するには、そもそも官僚は「規則」を守ったりしないと考えなければなりません。ではなぜ彼らがあんなに杓子定規かというと、「前例」に固執しているからです。お役人というのは、日々を大過なく過ごすためにすべてを前例どおりにやろうとする人種なのです。

 規則はどんなことがあっても守らなければなりませんが、前例は守っても守らなくても構いません。平時には両者のちがいはほとんど見わけがつきませんが、異常なことが起きるとはっきりわかります。前例のない事態では、日本の官僚は保身のためにあっさり規則を無視するのです。

 アメリカでは、トランプ政権がルールを踏みにじったことに抗議して官僚たちが次々と辞任しました。それに対して日本では、規則に反したことをさせられた末端の官僚が自殺してしまいます。

 しかしこれは、アメリカ人が高潔で日本人が劣っているということではありません。トランプ政権に嫌気がさした官僚がさっさと辞表を出せるのは、次の仕事をかんたんに見つけられると思っているからでしょう。日本の官僚が「犯罪」に手を染めざるをえないのは、上司に背けば定年まで飼い殺しにされると思っているからです。労働市場の流動性がない社会では、どれほど優秀な「高級官僚」でも、理不尽な命令に奴隷のように従わざるを得ないのです。

 その意味で今回の事件は、「組織」にしばられて生きていくほかはない日本社会の残酷さを象徴してもいるのです。

『週刊プレイボーイ』2018年3月26日発売号に掲載

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』(ダイヤモンド社)『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)など。最新刊は『80's エイティーズ ある80年代の物語』(太田出版)が好評発売中。