橘玲の世界投資見聞録
2018年11月16日 橘玲

ヨーロッパだけでなくアメリカにも賛同者がいる
ホロコースト否定論の根拠とは?
[橘玲の世界投資見聞録]

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 アメリカのホロコースト研究者デボラ・E・リップシュタットは、ホロコースト否定論者の系譜を研究した『ホロコーストの真実』(恒友出版)でイギリスの歴史家、デイヴィッド・アーヴィングの名誉を棄損したとして訴えられ、4年に及ぶ裁判闘争を余儀なくされた。その顛末を描いた映画『否定と肯定』については前回書いた。

[参考記事]
●映画『否定と肯定』でわかったホロコースト否定論者と戦うことの難しさ

 リップシュタットが歴史家として注目されたのはホロコーストを研究したからではなく(これはユダヤ人を中心に多くの学者がいる)、ホロコースト否認を歴史学のテーマとして取り上げたからだ(こちらは研究者がほとんどいない)。

 1993年4月、アメリカ、ワシントンD.C.のホロコースト記念博物館開館に合わせて行なわれた世論調査で、「ホロコーストが起きなかったという話はあり得るか」との質問に、アメリカの成人の22%、高校生の20%が「イエス」とこたえた。同時期のギャロップの世論調査では、成人の38%、高校生の53%が、ホロコーストの意味をまったく知らないか、あいまいにしか説明できず、成人の22%、高校生の24%が、ドイツでナチスが権力の座についたあとに起こったことを知らなかった。

 こうした状況に危機感を抱いたことで、ホロコースト否認の主張を「真面目に扱う」ことを決意したのだとリップシュタットはいう。なぜなら、否認論者の主張は無知を栄養分にして広がっていくのだから。

アウシュヴィッツ(ビルケナウ)強制収容所   (Photo:ⒸAlt Invest Com)

 

6年間で600万人が殺されるということがあり得るのか?

 漠然としか知らないことについて、一見筋の通った説明をされると、「そういうこともあるかも」と思ってしまう。とりわけホロコーストのような、人間の想像力超えるような出来事についてはなおさらだ。

 第二次世界大戦前、ヨーロッパ(現在のウクライナやベラルーシなどソ連西部を含む)には総計950万人のユダヤ人が住んでいた。それが、戦争が終わると300万人ほどしか生き残っていなかった。アメリカやパレスチナなどに移住した者を除いても、その差はおよそ600万人になる。これは千葉県(620万人)や兵庫県(550万人)に匹敵する数だ。それが1939年のドイツ軍によるポーランド侵攻から45年の終戦までの6年間(実際には1941年のソ連侵攻からわずか4年間)に殺されたなどということがあり得るだろうか。

 アウシュヴィッツと隣接するビルケナウの強制収容所では、120万人を超える収容者(その大半はユダヤ人)が死亡したとされている。これは岩手県(125万人)や大分県(115万人)に匹敵する数だ。しかもそのほとんどはガス室で青酸ガス(チクロンB)によって組織的に殺され、遺体は焼却されたとのだという。

「こんな荒唐無稽なことがほんとうに起きたのだろうか」と思っているところに、否定論者はささやく。「そんなわけないよね。じつはこれはぜんぶ陰謀なんだよ」

 このプロパガンダはとりわけ、ホロコーストが起きてほしくなかったひとたちに対して有効だ。これが、第二次世界大戦で「罪人」の立場に立たされているドイツ人や、ドイツ系アメリカ人のあいだで否定論が広がる理由だろうが、それ以外の国にも否定論者はいる。リップシュタットを訴えたアーヴィングはイギリス人で、対独戦に従軍した海軍士官を父にもつが、それにもかかわらずドイツとの戦争に突き進んだチャーチルを批判し、ヒトラーを擁護した。

 こうした否定論者の系譜について述べる前に、しばしば議論になるガス室について、現在ではすでに決着がついていることを確認しておこう。

 ホロコーストの検証が困難だった理由のひとつに、ナチス・ドイツが建設した絶滅収容所が東ヨーロッパにあり、それに関する資料の多くがモスクワに運ばれ、西側の研究者が利用できなかったことがある。冷戦下のソ連では、ドイツ民族主義とはまったく異なる理由から、ホロコーストは否定されていた。

 ソ連の歴史観では、第二次世界大戦は「善」である共産主義者が「悪」のファシストを打ち倒す物語だった。この枠組みでは、ファシスト=ナチスによって殺されたのは人民=共産主義者であって、犠牲者がユダヤ人ばかりでは都合が悪い。そしてこの物語は、スターリンによる粛清を隠蔽し、“同胞”の東ドイツをホロコーストから免責にするのにも都合がよかった。

 だが冷戦が終わると、多くの歴史研究者がモスクワ国立中央特別文書館の関係資料を自由に利用できるようになった。そこにはガス室や焼却施設の作業指示書、補給要請書、就業記録、技術指図書などの報告書が含まれており、シャワー本体が水道管に接続されていない部屋にガス密閉ドアが取り付けられていたり、親衛隊(SS)の監督官や民間労働者などが報告書や日記に「ガス室」と記載していることなど(本来は「死体置場」の隠語が使われた)、決定的な証拠が多く見つかっている。新たに発見された証拠は収容所からの生存者(サバイバー)の証言や従来の研究とも一致しており、もはや異論を差しはさむ余地はない(芝健介『ホロコースト』〈中公新書〉、ティル・バスティアン『アウシュヴィッツと〈アウシュヴィッツの嘘〉』〈白水Uブックス〉も参照)。

アウシュヴィッツ強制収容所の遺体焼却炉    (Photo:ⒸAlt Invest Com)