橘玲の世界投資見聞録
2019年1月17日 橘玲

アメリカのもっとも著名なリベラル知識人が唱える
「テクノロジーのスーパーノバ」時代に対する答えがバカげている
[橘玲の世界投資見聞録]

「テロリストは永続的な精神的苦痛を収集するコレクター」

 本題とは関係ないが、『遅刻してくれて、ありがとう』のなかで、アメリカ(白人教養層)のリベラルが奴隷制や植民地主義などの「歴史問題」をどのようにとらえているかがわかる興味深い記述があるので紹介しておこう。

  フリードマンは長年の中東取材を通じて、民衆、社会、リーダー、文化のちがいを体験してきた。そして、「“他者”から学びつづけ、遅れたときに追いつこうとする人々と、“他者”やよそ者との接触によって屈辱を感じ、適応という厳しい作業にいそしまないで殴りかかる人々との違いを、私は目の当たりにしてきた」という。

「屈辱を感じないで適応力を発揮した好例」としてフリードマンが挙げるのは、明治維新の日本だ。それに対して「屈辱」にとらわれたままなのは、プーチン大統領が「20世紀最大の悲劇」と呼んだソ連崩壊を受け入れることができないロシアであり、“おれたちにこういうことをやったのはだれだ?”という考え方に陥っているアラブ諸国やイスラーム国家の一部とテロ集団だとされる。

 このように述べたうえでフリードマンは、元『ウォールストリート・ジャーナル』記者で、パキスタンでアルカイダに誘拐され斬首された同紙の記者ダニエル・パール(アンジェリーナ・ジョリー主演『マイティ・ハート/愛と絆』で映画化)とともに働いたインド生まれのムスリム、アスラ・Q・ノマニの米下院国土安全保障委員会での証言を引用している。ノマニは、イスラームコミュニティに対する元FBI特別捜査官ジョー・ナヴァロの分析が自身の体験によくあてはまるとしてこう述べている。

「(ナヴァロは)テロリストの概念を“精神的苦痛のコレクター”だと表現しています。「テロリストは永続的な精神的苦痛を収集するコレクター」で、「数十年間の出来事や、何世紀も前の出来事を持ち出す」とナヴァロは指摘しています。「彼らのそういった出来事のコレクションは、現在でもじっさいに起きたときとおなじような意味があり、おなじような精神的苦痛をともなっている。彼らの精神的苦痛には時効がない。大量の精神的苦痛のコレクションは、彼らの恐怖と偏執症に駆り立てられたもので、妥協のないイデオロギーと一体化している。精神的苦痛の収集は、イデオロギーの支援と擁護という目的を果たす。過去の出来事を色あせないようにしつつ、その意味を拡大して現代に置き換えられるからだ。恐怖と不安が、それによって狂信的に合理化される」というのです」

 ノマニは、ディナーパーティのリビングでこうした精神的苦痛の議論に興じるムスリムの男たちを「カウチ聖戦主義者」と呼ぶ。

 フリードマンはこうした主張を慎重に他者に語らせているが、ここからわかるのは、欧米のリベラルな白人知識人ですら、イスラームから「歴史問題」を批判されるのにうんざりしているということだ。重要なのは社会が「多元的」であることではなく(これはたんなる事実だ)、多様なひとびとが共存できるようにすることだ。真の多元的共存は、「対話」と「譲り合い、批判主義、自己批判」の上に築かれるべきであり、「対話とは双方が話をして、耳を傾けることを意味する」のだ。

 欧米に批判的なムスリムは、当然のことながら、これを「自分たちに都合のいい屁理屈」と一笑するだろう。とはいえ、世界標準の(すなわち欧米の知識人がつくる)リベラリズムでは、教条主義的でステレオタイプな人種主義批判や植民地主義批判は「多元的共存を破壊する」と見なされ、相手にされなくなっていることは、日本が東アジアの国々との歴史問題を考えるうえでも参考になるだろう。
 

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) 。

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