アラブ
2019年7月23日 岩永尚子

[教えて! 尚子先生]
シリア内戦はその後どうなっているのですか?
~ゴラン高原からみるアメリカとイランの対立~

【中東・イスラム初級講座・第47回】

撤退ができないアメリカ軍

 2018年12月にトランプ大統領が、翌年4月までに米軍を撤退させると発表していましたが、2月にはこの発表は事実上、撤回されました。米軍撤退後にトルコ軍やシリア政府軍がクルドに侵攻することを懸念して、アメリカは200名程度と少数のみではあるものの、米軍の部隊をクルド地区に残すと発表しました。

 また、ヨルダンとイラクの国境付近のシリア南西部に位置する基地についても、米軍兵士の残留を決定しています。この地域での米軍残留の理由は、米軍がイラクからシリアに陸路で物資を輸送するための幹線道路を支配下に置き、イランからイラク、シリア、レバノンというシーア派ラインの形成を阻止するためです。
 
 忘れがちですが、イランとロシアはカスピ海を挟んでの隣国同士であるため、イラン-レバノンルートが完成するということは、ロシアとイランの両国の関係が良好であれば、カスピ海を経由したロシア-イラン-レバノンという経路もできあがることを意味しています。そのため、シリア、ロシア、イランの3国は米軍の残留を違法な占領だと非難し、その撤退を要求しています。

ゴラン高原にイスラエルの主権を認めたトランプ大統領の意図は?

 このような状況下で今年3月トランプ大統領がゴラン高原にイスラエルの主権を認める大統領令に署名したのでした。当事者のシリアはもちろん、西欧諸国や日本も併合は認められないという声明を発表しています。

 占領から52年という長い時間が経過したために併合が認められるのであれば、ロシアのクリミア併合についても、イラクのクウェート併合についても認められてしまうとして、アメリカのあからさまな二重基準に国際的な非難が集まったのでした。

 この主権承認の背景については、汚職疑惑で旗色の悪かったネタニヤフ首相の選挙戦を後押しするためだとも、トランプ大統領自身の選挙戦のユダヤ票集めのためだともいわれています。
 
 また、国際的には、これがシリアに駐留している米軍から目をそらさせるためのものであり、そして最終的にはイランに対抗し、けん制するためのものだという解釈もなされています。
 
 ゴラン高原でみられたアメリカのイスラエル支援の強化は、4月以降のアメリカによるイラン革命防衛隊のテロ組織指定や、イラン産原油の禁輸免除措置の撤廃などといった、ホルムズ海峡での緊張を一気に高めるような措置がとられた時期と一致しています。イスラエルの肩を持つことがイランへの対抗策へと帰結していくと考えられているのです。
 
 このように、ホルムズ海峡での一連の出来事は、ゴラン高原での事件、ひいてはシリアでの内戦の最終局面とは切り離すことはできないのです。どちらか一方だけでは、情勢を見極めることは困難なのです。

(文:岩永尚子)

著者紹介:岩永尚子(いわなが・なおこ)
日本では珍しい女性中東研究家。津田塾大学博士課程 単位取得退学。在学中に在ヨルダン日本大使館にて勤務。その後も専門のヨルダン教育現場のフィールドワークのために、スーツケースを抱えて現地を駆け回る。2012年まで母校にて非常勤講師として「中東の政治と経済」を担当。近著に『世の中への扉 イスラムの世界 やさしいQ&A』(講談社)。「海外投資を楽しむ会」最初期からのメンバーでもある。