橘玲の世界投資見聞録
2019年11月29日 橘玲

コーカサス三国(アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニア)は
それぞれ複雑な歴史を持つが、治安はよくワインや料理も
美味しく、春か秋に旅したいエリア
【橘玲の世界投資見聞録】

NATOとEUへの加盟するため英語読みとなった「ジョージア」

 ジョージア(Georgia)は日本ではロシア語読みで「グルジア」と呼ばれていたが、2015年に国名を英語読みに改めた。アメリカのジョージア州と同じになってちょっと紛らわしいが、これにはやむを得ない理由がある。

高台からトビリシ旧市街を望む     (Photo:ⒸAlt Invest Com)

 

 黒海に面するコーカサス南麓のジョージアは古来、さまざまな民族が暮らしていた。ソ連崩壊にともなってコーカサス三国が独立した際、民族間の利害対立が表面化し、黒海沿岸のアブハジアと北部山岳地帯の南オセチアが、ロシアの援助を受けて事実上独立し、未承認国家となっている。

 2008年の北京オリンピック開幕と同時期にロシアとのあいだではげしい戦争状態になった南オセチア紛争では、ジョージア側に大きな被害が出たことから両国の関係は険悪になり、その後、ジョージアは「もっとも東のヨーロッパ」としてNATOとEUへの加盟を目指すことになる。これが、世界各国に国名を英語読みで統一するよう要請した理由だ。

 一方、アブハジアが事実上独立したのはソ連崩壊後の1994年で、その後、和平交渉も進まないが戦闘もないことから状況は比較的安定しており、旅行者がジョージア側から訪れることも可能なようだ(ただしロシア側に抜けることはできない)。

 首都のトビリシはムトゥクヴァリ川の谷間に開かれた町で、観光地は旧市街に集まっているので、半日もあれば徒歩で回れる。あとはトビリシ郊外の観光地をツアーか車をチャーターして訪れることになる。

トビリシ旧市街。小学校の社会科見学の生徒たち  (Photo:ⒸAlt Invest Com)

 

 観光スポットとしてもっとも人気があるのが、コーカサス山脈を越えてトビリシとロシアのウラジカフカス(「コーカサスを征服せよ」の意味)の200キロを結ぶ軍用道路で、18世紀末の帝政ロシア時代につくられ、プーシキンやレールモントフらの文化人から風光明媚な景勝地として愛された。

 冬はスキー場としても知られ、ホテルやリゾートマンションが次々とつくられている。誰が泊まるのかと思ったら、黒海沿岸の景勝地ソチのスキー場と比べて半額から3分の1のコストでウインタースポーツが楽しめるので、ロシア人がたくさんやってくるのだという。こうしたことからも、ロシアとジョージアの難しい関係が伺える。どれほど離脱したいと思っても、小国のジョージアはロシアの経済圏にすっぽり収まっているのだ。

コーカサスの山並みを背にハングライダー    (Photo:ⒸAlt Invest Com)

 

 軍用道路に行く途中に、紀元前4世紀から紀元後5世紀まで栄えた古都ムツヘタがあり、大聖堂のまわりにレストランや土産物店が集まっている。またトビリシから70キロほどの地方都市ゴリはスターリンの生地で、幼少期を過ごした家や専用列車などが展示されている博物館がある。車をチャーターし、まる一日かけてこれらを回ってもらって1万3000円ほどだった。

スターリンのデスマスク     (Photo:ⒸAlt Invest Com)

 

 旅程に余裕があれば、世界遺産に指定されたコーカサス山脈の村スヴァネティや、黒海沿岸の古都クタイシ(こちらも世界遺産)も訪れてみたい。

 ジョージアはカジノが合法化されていて、トビリシにはカジノを併設した高級ホテルがいくつもある。ロシアはもちろん、イスラエルからもたくさんの客がやってくるとのことで、ジョージア航空はテルアビブとの直行便を飛ばしている。ジョージア(他の二国も)はロシア語がふつうに通じるので、ロシアから移住したイスラエル人がギャンブルをしにくるらしい。

トビリシ市内にはこうしたカジノがいくつもある   (Photo:ⒸAlt Invest Com)