橘玲の日々刻々
2020年5月18日 橘玲

法律ではなく「村八分」の圧力によって統制されている
日本とこれを容認するリベラルの怪
【橘玲の日々刻々】

 新型肺炎の感染拡大を防ぐために自治体がパチンコ店に休業要請したところ、それでも営業を続ける店に客が殺到し、一部の自治体が店舗名の公表に踏み切りました。さまざまな議論を呼んだこの問題を2つに分けて考えてみましょう。

 まず、自治体による「要請」というのは「お願い」で、当然のことながら、相手から「お願い」されてそれに応じるかどうかは本人の自由です。店舗名公表によってこれを実質的に強制するのは、憲法で保障された「基本的人権」を明らかに侵害しています。

 しかし現在は、治療法のない感染症が蔓延する「緊急事態」です。そんななか、ほとんどの店が要請に従っているのに、一部の店舗だけが営業をつづけて利益をあげるのは間違っているとほとんどのひとは思うでしょう。

 この疑問は当然ですが、なぜこんなおかしなことになるかというと、緊急事態なのに「お願い」しかできない法律だからです。ここから「営業させないなら休業補償しろ」「店が納得するように丁寧に説明すべきだ」との意見が出てくるわけですが、これを緊急事態の典型である戦争に当てはめてみましょう。

 敵が迫ってきて、自衛隊が国土防衛のために私有地に軍を展開しなければならないときに、「お宅の土地の使用料はいくらにしましょうか」とか、「あなたの家が戦闘で破壊されるかもしれませんが、なんとかご納得いけませんでしょうか」とか、一軒一軒交渉するのでしょうか。

「緊急事態」というのは、定義上、「問答無用で私権を制限しなければならない事態」のことです。だからこそ、日本よりずっとリベラルな欧米の国々では、国や自治体のトップが店舗の営業停止やオフィスの閉鎖を矢継ぎ早に命令しているのです。

 もちろんだからといって、国・自治体は何もしなくてもいいわけではありません。しかし順番として、補償や経済支援の話は、緊急事態に必要な措置をとったあとになるはずです(そうでなければ緊急事態に対応できません)。

 それにもかかわらず日本では、法律上、「お願い」以上のことができないようになっています。しかしこれでは、要請に従った店が「正直者が馬鹿を見る」ことになるので、なにか別の方法で強制力をもたせなければなりません。このときに使われるのが「同調圧力と道徳警察(バッシング)」です。驚くべきことに、日本では法律ではなく「村八分」の圧力によって社会が統制されているのです。

 さらに驚愕するのは、「リベラル」を自称するメディアや知識人が、この「法によらない権力の行使」を批判しないばかりか、積極的に容認しているように見えることです。こんなことが許されるなら、国家は「道徳」の名の下に、際限なく国民の私権を踏みにじることができます。これはまさしく「全体主義(ファシズム)」でしょう。

 改正特措法(新型インフルエンザ等対策特別措置法)が議論されていたとき、真のリベラルであれば、「法によって私権の制限を命令できるようにすべきだ」と主張しなければなりませんでした。残念なことに、この国にそんなリベラルはどこにもいなかったようですが。

『週刊プレイボーイ』2020年5月11日発売号に掲載

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『上級国民/下級国民』(小学館新書)。

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