ラオス
2012年9月7日 森 卓

ラオスでも中国、韓国の存在感が増大
その流れで日本語人気が低下中…。

約8カ月のバックパッカー旅行後、2002年からラオスに住み、旅行会社を経てコーディネーターになった森記者が、ラオスで日本語を学ぶ学生が減っているという、ちょっと淋しい現状をレポートします。

ラオスと日本は古くから交流があるのだが…

 日本では、ほとんど知られていないラオスだが、両国間の結びつきは意外に古い。日本の公的機関であるJICA(国際協力機構)の海外青年協力隊が初めて派遣されたのがラオスである。トヨタがクラウンを発売し、ラジオ東京テレビ(TBS前身)が創設される等、日本は高度成長期の始まりでだった1955年のことだ。一方、ラオスは王制でありながらも共産党軍(現政権)と内戦の真っ只中にあった。

 ラオス人と知り合いになると、50代以上の年配からは、こんな質問がよく出る。
「ショーキチを知っているか?」

 村社会に生きてきた年配ラオス人は、かつて、JICAから派遣されてきた”ショーキチさん”や、”ケンゾーさん”たちから日本語を学んだという。

 この”ショーキチさん”や”ケンゾーさん”のような人たちがプライベートの時間にボランティア活動として”日本語教室”を開いてたという。語学学校などではなく、人々のつながりから自然に日本語を学ぶ人が出てきたわけだ。その後、ラオスにきちんと日本語教育者が派遣されるようになったのは1965年になってからのことだ。

日本武道を習うラオスの少年少女たち。日本との交流は古くからある【撮影/テイスト・オブ・ラオス】