橘玲の日々刻々
2012年9月12日 橘玲

[橘玲の日々刻々]
書評『「弱者」はなぜ救われないのか』

 著者の増原義剛氏は元大蔵官僚で、東海財務局長で退官した後、2000年から09年まで自民党の衆議院議員を務め、現在は広島経済大学で教鞭をとっている。代議士時代は、内閣府副大臣や財務金融委員会理事などのポストにつき、自民党金融調査会で改正資金業法の立法に携わった。『「弱者」はなぜ救われないのか』は、その経験をもとに、日本の政治がいかにポピュリズムに翻弄されているかを世に問うたものだ。

 とはいえ、本書を手に取った読者は、その穏当な表現に落胆するかもしれない。著者の経歴からすればスキャンダラスな告発本になるはずもなく、ポピュリズムを煽ったメディアや政治家が名指しで批判されているわけでもない。しかし政権の中枢にいた元政治家が、自らが立法に携わった法律を全否定するというのは、やはり“前代未聞”なことなのだ。著者は自らの政治家時代を、次のように自己批判する。

改正当時の経緯を正直に申し上げると、改正貸金業法とはそのような(多重債務者保護とノンバンクの淘汰・撤退という規制強化の副作用の)比較衡量がほとんどなされずに導入が決められた法律であった。むしろ、規制の弊害を指摘することが社会的・政治的に許されない、ある種異常な雰囲気のなかで決められた法律であった。政治と政治家の限界があらわれた法律であったとも言える。

 2003年6月、大阪・八尾市のJR関西線の踏切で、同市内の主婦(69歳)と清掃作業員の夫(61歳)、主婦の兄(81歳)の3人が電車にはねられて死亡した。現場から主婦の遺書が見つかり、「荷物の整理をしながらも死にたくないという思いで涙が止まりません」などと記してあったことから、警察は借金の取立てを苦にした自殺と判断した。主婦はヤミ金から1万5000円を借り、その利子が雪だるま式に増えて、保証人となった夫や兄にまで取立てが及んだことから心中に追い込まれたのだ。

 2006年には、取立ての電話録音がテレビなどで繰り返し放映された。「話を聞けよ! ジジイ!」「おら! この野郎! お前らなんて潰すのなんともねえんだよ!」「金融監督庁でも何でも行ってこい! 野球の監督でも連れてこい! バカタレッ!」というもので、多重債務者の相談業務を行なっていた弁護士たちが、消費者金融大手のアイフルを相手どって損害賠償請求訴訟を起こした。被害者弁護団は、アイフル社員か、もしくは依頼された関係者が違法な取立て(恐喝)を行なったと主張したのだ。

 この訴訟も当時、大きく報道され、一審(熊本地裁)は「(電話をかけたのがアイフル)社員とは断定できないが依頼された人物が電話をかけた可能性は残る」として、損害賠償30万円、弁護士費用5万円の支払をアイフルに命じた。しかし高裁では、それがアイフルの関係者から依頼されたものとは確定できないとの理由で一審判決が破棄され、2009年5月には最高裁で上告が不受理とされてアイフルの無実が確定している。当時、マスメディアはこぞってこの事件を取り上げ、消費者金融バッシングを行なっていたが、それはすべて虚報だったのだ。