橘玲の日々刻々
2020年11月13日 橘玲

「アメリカ人はカルト空間に閉じ込められている」
大統領選の「異常」な事態こそが”アメリカらしさ”
【橘玲の日々刻々】

人類発祥の地(アフリカ)から遠くまで移動するほど7R 遺伝子(旅人遺伝子)の割合が高くなる

「陽気で活動的で、つねに新しいことにチャレンジする」というアメリカ人のステレオタイプは、パーソナリティ心理学の「外向性」と「経験への開放性」にぴったり重なる。「経験への開放性」は芸術的な感性やイノベーションと結びついており、それがアメリカを、映画や音楽など魅力的なエンタテインメントを生み出したり、シリコンバレーから続々とベンチャー企業が誕生する「夢の国」にしたのかもしれない。だがその一方で「経験への開放性」は妄想的傾向の指標ともなり、その値が極端に高いと(意識の解像度が低すぎると)統合失調症と診断される。

 行動遺伝学によると、性格的傾向のおよそ半分は遺伝で、残りの半分は環境で説明できる。アメリカで起きる常軌を逸した(ように見える)出来事の背後には、なんらかの「生得的」なものがあるらしい。

 じつは同じような印象を、オウム真理教の信者にも感じた。彼らはもちろん「異常」などではなく「ふつうの若者たち」だったが、そこには一定の性格的な傾向があった(すくなくともそのように感じた)。それを当時は「夢を見ているような」と表現したが、まさに「経験への開放性が高い」パーソナリティだ。オウム真理教がその特異な教義によって「妄想的」な若者たちを選択的に引き寄せいていたと考えれば、信者たちに抱いた私の困惑をうまく説明できる。

 もちろん、ある社会現象を「遺伝的」あるいは「生得的」な要素に還元することは慎重でなければならない。「アメリカ」と「オウム真理教」を同列に語るのならなおさらだ。

 それでもこの話を書こうと思ったのは、近年、ヒト集団のあいだでドーパミンの影響にちがいがあることがわかってきたからだ。――外向性や経験への開放性には、脳内神経伝達物質のドーパミンがかかわっている。

 アメリカの精神医学者ダニエル・Z・リーバーマンは、ライターのマイケル・E・ロングとの共著『もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』(インターシフト)で、「旅人遺伝子」についての興味深い議論をしている。

 1996年、イスラエルの研究者リチャード・エプスタインが4番目のドーパミン・レセプターを発見した。DRはドーパミン・レセプター(受容体)の略で、D1DRからD5DRまで5種の亜型が存在する。このうち4番目のD4DRは認知や情動との関連が強い大脳皮質や中脳辺縁系に集まっており、新奇性(新しいものや変わったもの)追求の傾向に関係するとされる。

 このD4DRの第3エクソン(遺伝子をコードする部分)は繰り返し回数に個人差があり、2~12回の多型がある。エプスタインの発見が注目されたのは、繰り返し回数が6回以上のグループと、5回以下のグループで新奇性追求に有意な個人差があることが示されたからだ。この繰り返し回数(エクソンの長さ)は4回と7回が多いため、短いグループを4R、長いグループを7Rと呼ぶこともある。

 D4DR-7Rの遺伝子タイプは脳内のドーパミン活動量が多く、「退屈への耐性が低く、新しいものやめずらしいものならなんでも追い求める。衝動的、探索的、移り気、興奮しやすい、浪費癖といった傾向を示すこともある」とされる。それに対してD4DR-4Rの遺伝子タイプは「内省的、頑固、誠実、禁欲的、気長、質素である傾向が強い」。このちがいは政治イデオロギーにも影響し、新奇性を追求する7Rは「リベラル」で、新奇性を避ける4R は「保守」になる傾向があるともされる。

 この説はいまだ完全に立証されてはいないものの、2つの遺伝子タイプは「経験への開放性」パーソナリティと一致する。保守的な4R が故郷に残り、夢を実現するためにリスクを恐れず海を渡った移民たちには7Rの「冒険家タイプ」が多いのではないだろうか。

 この疑問はじつは研究されていて、世界では平均して5人に1人が7Rの遺伝子をもっているが、その割合は地域によってかなり異なる。人類発祥の地(アフリカ)の近くにとどまった集団には7R の遺伝子が少なく(4Rの遺伝子が多く)、より遠くまで移動するほど7R 遺伝子の割合が高くなるのだ。

 アメリカ大陸では、ベーリング海峡を渡って北から南へと旅をした道程と平仄を合わせるように、インディアン/インディオの7R 遺伝子保有比率は北米32%、中米42%、南米69%と高くなっていく。「長いアレル(遺伝子タイプ)を持つ人の割合は、移動距離が1000マイル長くなるごとに4.3ポイント上昇する」のだ。

 これがD4DR-7R が「旅人遺伝子」とされる理由だが、リーバーマンは、これにはもうひとつの解釈が成り立つという。

 それまでとまったく異なる環境で生きていくのはきわめて大きなストレスがかかる。だとすれば、新しい刺激(新奇性)に対する耐性(低反応性)をもつ者の方がうまく環境に適応できるのではないか。この説明では、ある集団のなかで7Rの遺伝子タイプをもつ者たちが選択的に移住への旅に出たのではなく、「ひとたび移動が始まったあとに7R遺伝子の保有者が生存上有利になった」ことになる。

 リーバーマンは、「旅人遺伝子であれば、距離にかかわらず、移動をはじめた者は均等に7Rの遺伝子をもっているはずだ」という。だが実際には、アメリカ大陸のインディアン/インディオに見られるように、移動距離に応じて7R 遺伝子の保有割合が高くなっている。これは何世代にもわたってなじみのない環境に適応した結果で、「7Rの遺伝子は移動の引き金ではなく、移動する者たちの生存を助けるものだった」ことを示しているという。

双極性障害の発揚気質(ハイパーサイミック)はアメリカ人の「自画像」そのもの

 約5万年前の「出アフリカ」によってヒトはユーラシア大陸全域からアメリカ大陸、オセアニアなど地球全土に広がっていった。アフリカからの移動距離が遠くなるほど、新奇な環境への適性をもつ7Rの遺伝タイプが多くなっていく。同様にアメリカ人の(ヨーロッパ系の)祖先たちも、旧大陸と大きく異なる環境に適応するために、それに最適なパーソナリティだけが残ったのだろうか。

 これは魅力的な仮説だが、じつは現代の移住にはあてはまらない。「移民集団の7R遺伝子の保有率は祖国にとどまっているひとたちとほとんど変わらない」のだ。そうなると、「ファンタジーランド」の別の説明が必要になる。

 じつは、脳内のドーパミン濃度は4Rか7Rかの遺伝子タイプだけで決まるわけではない。神経伝達物質は、いったん分泌されほかの脳細胞の受容体と結合したあと、相互作用を終わらせるために放出元の細胞に戻される。この回収作業を行なうのがニューロンのトランスポーターで、いわば「再取り込みポンプ」だ。抗うつ剤として広く使われているSSRIは、セロトニンの再取り込みを阻害する(受容体に蓋をする)ことで脳内のセロトニン濃度を高める作用がある。

 ドーパミンの再取り込みを担うのがドーパミン・トランスポーターだが、コカインにはその再取り込みを阻害する効果がある。その結果、コカインを摂取すると脳内のドーパミン濃度が高まり、気分が高揚したり、集中力が高まったりする。この作用は「躁状態」によく似ている。

 いまだ諸説あるものの、双極性障害(躁うつ病)にはセロトニンとドーパミンの両方がかかわっている。うつ状態では脳内のセロトニンが枯渇しているが、そこになんらかの要因でドーパミンが増えると躁状態がやってくる。この躁状態は、同じく脳内のドーパミンに強く影響される統合失調症とよく似ている(妄想や幻聴などが現われて区別がつかないこともある)。

 この仮説が正しいとすると、双極性障害の発症率は、ヒト集団におけるドーパミン・トランスポーターの効率のちがいを表わしているかもしれない。世界全体では人口のおよそ2.4%が双極性障害を患っているが、アメリカ国民の双極性障害の有病率は世界最高の4.4%で、世界のほかの地域の2倍近くにのぼる。

 さらに、アメリカでは双極性障害の患者のおよそ3分の2が20歳までに発症するが、ヨーロッパではその割合は4分の1にすぎない。リーバーマンはこれを、「アメリカの遺伝子プールでは(双極性障害の)高リスク遺伝子の密度がほかよりも高い」からだとする。

 双極性障害はスペクトラム(連続体)で、重度から軽度に向けて大きく4つのタイプに分けられる。

1) 双極Ⅰ型 うつ状態と躁状態がはっきりとした精神疾患で、典型的な躁うつ病。躁状態では極度のハイパーテンションになり、まったく眠らずに過活動しても疲れを感じず、全財産をギャンブルに注ぎ込んだり、上司に辞表を叩きつけて事業を始めたり、ローンを組んで高額の買い物をしたりする。その病状は、脳内のドーパミン濃度を上げるアッパー系のドラッグによく似ている。

2) 双極Ⅱ型 うつ状態は重度だが、躁は軽躁状態と呼ばれる比較的軽いものになり、場合によっては単極性のうつ病と区別が難しい場合もある(そのため、単極性うつ病から双極性障害へと病態が連続しているとの説もある)。

3) 気分循環症(サイクロミア) 軽躁状態と軽いうつのサイクルで、社会生活には問題ないものの、周囲からは「気分が変わりやすい」と思われる。

4) 発揚気質(ハイパーサイミック) うつ状態のない軽躁状態が続くことで、「活動過多(ハイパー)な性格」とされる。

 リーバーマンは発揚気質のパーソナリティを、「陽気で気力に溢れ、ひょうきんで過度に楽観的で、過剰な自信を持ち、自慢しがちで、エネルギーとアイデアに満ちている。多方面に広く関心を向け、なんにでも手を出し、おせっかいで、あけっぴろげでリスクを冒すのを厭わず、たいてはあまり眠らない。ダイエット、恋愛、ビジネスチャンス、さらには宗教といった人生の新たな要素に過剰に熱中するが、すぐに興味を失う。しばしば偉業を成し遂げるが、一緒に暮らすと苦労する相手でもある」と描写する。――これはアメリカ人の「自画像」そのものだ。