橘玲の日々刻々
2020年11月13日 橘玲

「アメリカ人はカルト空間に閉じ込められている」
大統領選の「異常」な事態こそが”アメリカらしさ”
【橘玲の日々刻々】

いま起きている「異常」な事態こそが“アメリカらしさ”

 双極性障害がスペクトラムだとすれば、もっとも重度な双極Ⅰ型(躁うつ病)の有病率が高い社会では、より軽度な双極Ⅱ型だけでなく、サイクロミア(気分循環症)やハイパーサミック(発揚気質)の比率も高くなるはずだ。そして、これこそがアメリカ社会の特徴だとリーバーマンはいう。とりわけ「西部諸州を切り開いた冒険的な開拓者は、リスクを厭わず興奮を求める性格の持ち主で、遺伝的にドーパミン活性過剰である可能性が高い」とされる。

 双極性スペクトラムのなかでもっとも裾野が広い(人数の多い)ハイパーサミックは、「異常な症状をいっさい体験することなく、モチベーションの高さ、創造性、リスクを冒して大胆な行動をとる傾向などの、平均以上のドーパミン活性レベルを反映した利点を享受している」。社会的・経済的な成功者を思い浮かべれば、その多くが「知能の高いハイパーサミック」だとわかるだろう。

 脳内のドーパミン濃度が平均より高い「軽躁状態」のひとたちは自己効力感も高い。「人生における成功は、自分ではコントロールできない外部の力に左右されると思いますか?」という質問に「はい」と答えた割合は、ドイツ72%、フランス57%、イギリス41%に対しアメリカは3分の1をわずかに超える程度だという。「自助自立」というアメリカ建国の理念は、たんなるイデオロギーではなく、ハイパーサミックなアメリカ人の気質にぴったり合ったからこそ長く強固に受け継がれてきたのだ。

(アメリカ人である)リーバーマンはハイパーサミックのよいところしか書いていないが、それが躁うつ病への連続体だとするならば、強いストレスが加わると(より重度の)サイクロミアから双極Ⅱ型に移行するかもしれない。このことは近年、経済格差の拡大するアメリカでうつ病が急増していることの有力な説明になる。

[参考記事]
●「アメリカはディストピア、日本はユートピア」経済格差の大きい欧米社会の驚くべき状況

 さらに、過度なドーパミンが妄想(統合失調症)につながるという負の側面に目を向ければ、アンダーセンが『ファンタジーランド』で描いた「狂気と幻想」にとらわれたひとたちの姿になる。アンダーセンはアメリカ社会の特徴をこう述べている。

 わが国が奉じる超個人主義は最初から、壮大な夢、あるいは壮大な幻想と結びついていた。アメリカ人はみな、自分たちにふさわしいユートピアを建設するべく神に選ばれた人間であり、それぞれが創造力と意志とで自由に自分を作り変えられるという幻想である。

 こうしてアメリカ人は、「あらゆるタイプの魔術思考、何でもありの相対主義、非現実的な信念に身をゆだねていった」。Qアノンの陰謀論がその延長上にあるのなら、いま起きている「異常」な事態こそが“アメリカらしさ”なのだ。

 ところで、ドーパミンから見た日本人のパーソナリティはどのようなものだろうか。リーバーマンによると、「移民のほとんどいない日本では、(移民の多いアメリカの4.4%に対して)双極性障害の有病率は0.7%ほどで、世界でもきわめて低い」とされる。そうなると、裾野を形成する双極Ⅱ型やサイクロミア、ハイパーサミックの割合も低くなるはずだ。それに加えて、DRD4遺伝子の繰り返し回数には人種差があり、東アジア系は繰り返し回数が少なく、これが強い刺激を避ける内向性パーソナリティにつながっているとの研究もある。

 そう考えると、日本人の特徴は脳内のドーパミン濃度が低いことで、軽躁状態(ハイパーサミック)の恩恵を被れないかわりに、社会が「魔術思考」で混乱することも(あまり)ないのではないか。日本人が覚せい剤のようなアッパー系のドラッグを好むことも、この「低ドーパミン気質」から説明できるかもしれない。

 もっとも、これは日本人が「理性的」だということではない。経験への開放性が低いと型にはまった考え方しかできなくなり、だからこそ画期的なイノベーションよりも既存の技術の改良を得意とするのかもしれない。また、戦前の日本を見ればわかるように、低ドーパミン気質でも強い圧力が加わるとたちまち妄想的になってしまう。

 だからこれはあくまでも相対的なものにすぎないが、世界じゅうから夢に駆り立てられて集まったひとたちが「カルト空間に閉じ込められている」というのは、アメリカ社会の魅力と混乱をかなりうまく説明しているのではないだろうか。

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)。

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