橘玲の日々刻々
2020年11月30日 橘玲

新型コロナで「西欧への卑下と自尊を繰り返し」てきた
日本の長い「戦後」が終わる
【橘玲の日々刻々】

 明治維新以来の日本の近代史をひと言でまとめるなら、「西欧(白人)への卑下と自尊の繰り返し」でしょう。

 明治の知識人たちは西欧の文化とテクノロジー、学問の水準に圧倒され、それが大衆に広がって「欧風」すなわち白人の真似をする流行が生まれました。日露戦争に勝ったあたりから徐々に自尊感情(日本スゴイ)が強まり、それに世界大恐慌後の被害者意識が加わって、軍部主導のカルト的熱狂でアメリカに宣戦布告しますが、その結果は軍人・民間人あわせて300万人の膨大な死者と広島・長崎への原爆投下、全国各地の焼け野原になった都市でした。

 敗戦後、マッカーサー米陸軍最高司令官を訪問した昭和天皇の写真が公開されると、日本人の自尊心は粉々に砕け散ります。「神」であった昭和天皇が直立不動の姿勢で立つ横で、長身のマッカーサーは両手を後ろに回し、ゆったりとした表情でカメラを見ています。

 どちらが「上位」かは一目瞭然で、それからGHQ宛に「拝啓、マッカーサー元帥様」という大量の手紙が届きはじめます。その内容は「日本をアメリカの属国にしてほしい」「村の紛争を解決してほしい」から、「あなたの子どもを産みたい」という若い女性のものまでさまざまでした。誰もがアメリカを賛美し、返す刀で日本と日本人を全否定し、マッカーサーの威光によってなんらかの望みをかなえようとしたのです。

 主権を回復し高度経済成長が始まると、こうした極端な卑下は下火になりますが、それに代わって1960年代の日本人はハリウッド映画やロックンロールに夢中になり、ホームドラマで描かれたゆたかさに強烈な憧れをもつようになります。アメリカはまさに「夢の国」でした。

 80年代のバブル絶頂期は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などとおだてられ、「“坂の上の雲”はもうなくなった(日本は西欧を超えた)」という勘違いが一瞬だけありましたが、バブル崩壊と「失われた30年」でそれも消え失せました。その間、中国・韓国をはじめアジアの国々が急速にキャッチアップしたことで「日本はアジアで一番」という自尊感情まで揺らぎはじめ、「嫌韓」「反中」がネットや書店に溢れる見苦しい事態も起きました。

 ところが新型コロナを機に、欧米社会の混乱が目立つようになってきました。感染抑制に失敗したヨーロッパ諸国は再度のロックダウンに追い込まれ、パリやニース、ウィーンで相次いでテロが起きています。1000万人の感染者と20万人を超える死者を出したアメリカでも大統領選前から各州で感染が拡大していますが、トランプが敗北を認めないままでは効果的な感染抑制策は難しそうです。

 それに対して、いち早く感染症を抑え込んだ中国では、ひとびとは日常生活を取り戻し、経済成長率も回復しました。こうした状況を見たいまの子どもたちは、「アメリカは銃を振り回すひとたちがいる怖い国、ヨーロッパは教師が首を切り落とされる異常な国」で、中国を“デジタル先進国”と思うようになるかもしれません。

 いずれにせよいずれにせよ、“アメリカ(西欧)の影”に覆われてきた日本の長い「戦後」はこれでようやく終わるのではないでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2020年11月23日発売号に掲載

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)。

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