橘玲の日々刻々
2021年1月25日 橘玲

コロナ禍でリモートワークが増えたことで
幸福度は上がったのか? 下がったのか?
【橘玲の日々刻々】

 新型コロナの感染拡大で緊急事態宣言が再発令されました。これによってもっとも大きな影響を受けるのは、酒類の提供や営業時間の短縮を求められた飲食店ですが、企業も出社制限やリモートワークの強化を求められています。

 日本ではずっと、サラリーマンは会社に通勤するのが当たり前とされてきましたが、ウイズコロナの新常態では「出社しない」という新しい働き方が試されることになりました。この変化については「無駄な会議がなくなり自分の仕事に集中できる」という好意的な声もあれば、「会社に集まって働くより生産性は下がっている」との辛口の評価もあり、試行錯誤が続いているようです。

 とはいえ、リモートワークで家にいる時間が増えたことについては、「子どもと触れ合う時間が増えた」「夫婦でいろんなことを話し合った」など、メディアにはポジティブな声があふれています。それが抵抗なく受け入れられているのは、「家庭はあたたかな場所で、仕事はある種の苦役」という社会通念があるからでしょう。しかし、これはほんとうでしょうか。

 アメリカ北東部の都市で、フルタイムで働くひとたちの幸福度とストレスレベルを調べた研究があります。応募者のおよそ7割は白人女性で、低所得者層(年収300万円未満)、中産階級(年収300万~750万円)、高所得者層(年収750万円超)に分けられました。高卒は10%以下と学歴はかなり高く、半分は結婚していて、その半分に18歳以下の子どもがいました。

 被験者は1日6回、ランダムに連絡を受け、そのときの気分を専用のデバイスに記録すると同時に、唾液のサンプルを提出しました。主観的な報告だけでなく、唾液に含まれるコルチゾールでストレスホルモンのレベルを測ろうとしたのです。

 結果はというと、「半分以上のひとが職場よりも家庭で強いストレスを感じており、女性にいたっては、職場にいるときのほうが幸福感が強いひとが多い」ことがわかりました。意外なのは、責任のある仕事を任されているひとほど幸福度が低く、社会経済的な地位の低い労働者の方が職場でのストレスが少なかったことです。中間管理職や専門職が高ストレスなのはわかるとして、給料が安い仕事の方が満足度は上がるのでしょうか?

 この結果について経済学者は、「所得が低いひとは家庭に問題を抱えていることが多く、職場がいわば「安全地帯」の役割を果たしているのではないか」と述べています。家に帰るとさまざまな問題に振り回され、職場で同僚に愚痴をいいながらほっとひと息つく、というのはありそうなことです。アメリカでは(日本でも)「ほのぼのとした家庭」というのは、もはや幻想なのかもしれません。

 もうひとつ興味深いのは、「家庭より職場でのストレスが小さいひとの割合は、子どもがいるよりもいない方が大きかった」ことです。被験者の多くが女性であることを考えると、これは家庭で問題を起こしているのが子どもというよりも、夫であることを示唆しています。これも、こころあたりのあるひとがかなりいるのではないでしょうか。

参考:Sarah Damaske, Matthew J. Zawadzki and Joshua M. Smyth(2016)Stress at Work: Differential Experiences of High versus Low SES Workers, Social Science and Medicine
タイラー・コーエン『BIG BUSINESS(ビッグビジネス) 巨大企業はなぜ嫌われるのか』NTT出版

『週刊プレイボーイ』2021年1月18日発売号に掲載

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)。

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