橘玲の世界投資見聞録
2012年10月11日 橘玲

[橘玲の世界投資見聞録]
イタリア・シチリアの寂れた街とマルタの熱気

時間が止まったかのようなシチリアの街

『ニュー・シネマ・パラダイス』で知られるジョゼッペ・トルナトーレはシチリア出身の映画監督で、『シチリア、シチリア』は、貧しい牛飼いから共産党員となった父親を中心にトルナトーレ家の3代の歴史を描いている。

 その映画のなかに、ローマに出稼ぎにいった父のペッピーノがシチリアに帰ってくるシーンがある。

 ペッピーノが故郷の駅に降り立つと、駅前には仕事のない男たちが所在なげにたむろしている。旅行カバンを手にしたペッピーノを見ると、男たちは次々と声をかける。「ここから出ていけるのか。運がいいな」

 火山島のシチリアはワイン用のブドウ栽培と漁業くらいしか産業がなく、イタリアでも貧しい地方として知られていた。困窮したシチリア人がアメリカに渡り、生き延びるために強大なマフィア組織をつくっていったことは、映画『ゴッドファーザー』などであまりにも有名だ。

 ペッピーノの帰郷シーンが撮影されたパレルモ中央駅は、いまも往時の姿をとどめている。だが現在は列車の本数は少なく、島内の移動は駅に隣接したバスターミナルから長距離バスを使うのがふつうだ。

パレルモ中央駅 (Photo:©Alt Invest Com)

 翌日はそのバスに乗って、パレルモに次ぐシチリア第二の都市カターニアに移動した。11世紀につくられた壮麗な大聖堂で有名な美しい街だが、その日は日曜で、街の中心にあるドゥオーモ広場周辺のカフェを除いてほとんどの店がシャッターを下ろしていた。日中は出歩くひとも少なく、落書きだらけのシャッターがえんえんとつづく様は、ほとんどゴーストタウンの趣だ。

ドゥオーモ広場に建つ大聖堂 (Photo:©Alt Invest Com)

 カターニアの街をひと回りしても、ひとの気配のする場所はほとんどなく、唯一、ドゥオーモ広場の裏手にある公園に老人たちが集まってトランプに興じているだけだった。

広場に集まってトランプに興じる地元のひとたち(Photo:©Alt Invest Com)  

 カターニアを訪れたのは、マルタ行きの飛行機に乗るためだった。エア・マルタに電話すると、パレルモから出ているのはチャーター便だけで、定期便はカターニアからしか飛んでいないと言われたのだ。

 カターニアの街で時間の止まったような午後を過ごし、タクシーを拾って夕方、空港に着いた。ところがマルタ便は、時間どおりに搭乗したもののいつまでたっても出発しない。そのうちアナウンスがあって、乗客全員が下ろされた。飛行機の整備で不具合が見つかって、機材を交換するのだという。

 いったん搭乗してしまったのでターミナルに戻ることもできず、滑走路脇の待合室のようなところに案内された。その夜はちょうど、ユーロ2012準々決勝でイタリア対イングランドの大一番が行なわれており、乗客のなかにテレビ視聴ができるノートパソコンを持った男の子がいて、そのまわりにみんなが集まって試合観戦となった。

 といっても、人垣の合間から覗くだけでなにがどうなっているのかほとんどわからないうちに、0対0で延長戦が終わりPK戦が始まった。双方、1本ずつ外した後に守護神ブフォンが止め、イタリアが勝利を収めると一瞬盛り上がったが、その後はほかにすることもなく、ひたすら機材の到着を待ちつづけた。

 けっきょく、マルタに着いたのは午前1時を回っていた。

 旅装を解いた後、ビールでも飲もうとホテルを出てネオンサインを目当てに近所を歩くと、いきなりの喧騒に度肝を抜かれた。細い坂道にスポーツバーやクラブが並び、そこで若者たちが浴びるほど酒を飲み踊り明かしていたのだ。