橘玲の世界投資見聞録
2021年6月3日 橘玲

世界でもっとも危険で「国家破産」状態の
ベネズエラを生んだのは「左派ポピュリズム」
【橘玲の世界投資見聞録】

 新型コロナで海外旅行にまったく行けなくなったので、せめて書評で海外事情を紹介したい。

 2019年に『ダリエン地峡決死行』(産業編集センター)で衝撃のデビューを果たした北澤豊雄氏は、いまでは“絶滅危惧種”となった冒険作家だ。ダリエン地峡はコロンビアとパナマの国境地帯で、アラスカからアルゼンチンまで続くパン・アメリカン・ハイウェイが唯一分断されている「世界で最も過酷な国境」だ。

 なぜ道路がつくれないかというと、「熱帯雨林の湿地帯が建設を困難にしている」というのが公式の理由だが、ゲリラや右派民兵組織が戦闘を繰り返し、マフィアの武器・麻薬の密売ルートになっている危険地帯だからのようだ。

 北澤氏は29歳で南米に渡り、コロンビアでスペイン語を学んだのち、1年かけて南米大陸を回ったり、ガルシア・マルケスなど南米文学の舞台となる先住民族地域を訪れたりした。そんな日々にも飽きてきた頃、世話になっている日本料理店の社長から勧められたのがダリエン地峡を徒歩で横断する“冒険”だった。

 最初の挑戦は国境を越える前にコロンビア軍に拘束され、2度目の挑戦は案内役の都合がつかずにあきらめた。3度目の挑戦でようやく徒歩で国境を越えたが、グループからはぐれて道に迷い、獣から身を守るために木の上で眠る羽目になる。ようやく救出されたものの、こんどはパナマの国境警備隊に拘束されて……という波乱万丈の“冒険”の顛末はぜひ本を読んでいただくとして、今回は第2作『混迷の国ベネズエラ潜入記』(産業編集センター)を取り上げたい。ここでは北澤氏は、コロンビアから国境を越えて「国家破産」したベネズエラを目指す。

ハイパーインフレで凶悪犯罪が多発しているというベネズエラは、若者が享楽にふける物価の安定した街!?

 近年のベネズエラは「268万%」というハイパーインフレに見舞われ、電気も水道もストップし、国民は続々と隣国に逃げているとされる。凶悪犯罪も多発し、日本での報道を見ている限り、まるで映画『マッドマックス2』や『北斗の拳』の世界だ。

イラスト: siraanamwong / PIXTA(ピクスタ)

 ベネズエラの隣国で大量の難民が押し寄せているコロンビアでもこうした認識は同じで、北澤氏に同行することになった地元のジャーナリストは、「僕らもベネズエラに興味があるんだ。人々は食料がなくゴミ箱を漁り、インフラは度々ストップする。子どもは飢えてろくに教育も受けられない。最低賃金は月額7ドルや8ドルで生活は苦しくコロンビアを筆頭に国外に脱出している」と語っている。

 ところが、無事に国境を越えてベネズエラ西部の中都市メリダに到着した北澤氏らは、奇妙な光景に面食らうことになる。人口30万の街には乗客をたくさん乗せたローカルバスが走り、会社帰りのサラリーマンやOLがふつうに信号待ちをし、八百屋には野菜や果物もたくさんあったのだ。

 宿泊するホテルは1泊約650円で、停電は多いがふつうにWi-Fiが使えた。ショッピングセンター内のレストランに食事に行くと、1階の酒屋には4~5人の着飾った若者たちがたむろしていた。聞けば、ディスコテカ(クラブ)が開くのを飲みながら待っているのだという。「そこら中に飢え死に寸前の人々が転がっていると思っていた」のに、最初に出会ったのが「享楽にふける若者」だったのだ。

 翌日、タクシーで街を回り、スーパーに立ち寄ると疑念はさらに膨らんだ。「自動ドアの近くには12個入りのトイレットペーパーが7段、その向こうには3キロ袋の米が30段ほど積まれ、飲み物の陳列の一画には1.5リットルのペプシコーラだけがこれみよがしに4段分、およそ200本がぎゅうぎゅうと詰まっていた」驚いたことに、メリダには食料も日用品も薬もたっぷりあったのだ。

 値段はトマト1キロ110円、米1キロ80円、トイレットペーパー2個で130円で、ハイパーインフレというわりには手ごろな価格だ。ガソリンは1ガロン8円、大衆食堂のランチは200円ぐらいが相場だった。北澤氏が話を聞いた雑貨店のオーナーは、ヨーロッパに住む息子から「お父さん、食べるものは大丈夫なの? 送ろうか」といわれているが、「この国の本質はそのことじゃないんだ。国がやりたい放題でガバナンスが効いていない。腐っている」と語った。

 これはいったいどういうことだろう? だが1回目の取材では、それを知ることはできなかった。その夜、北澤氏は体調を崩してホテルで休んでいたのだが、歩いて300メートルほどのところにあるバルとディスコテカに出かけ、午前4時まで遊んでいた同行者2人が、帰り路で銃をつきつけられ、財布や携帯電話、パスポートに加えて靴と靴下まで取られてしまったのだ。

 こうして、北澤氏の最初のベネズエラ取材はたった2日で終わった。