ラオス
2012年12月18日 森 卓

「歴史上、人口1人当たりの爆撃が最も”重い国”」。
都市部経済成長の裏で、ラオスが抱える不発弾の苦悩

約8カ月のバックパッカー旅行後、2002年からラオスに住み、旅行会社を経てコーディネーターになった森記者が、ラオスの不発弾問題についてレポートします。

不発弾の影響

 不発弾除去活動を行う組織(UXO LAO)が発表している10の事実がある。

1.ラオスは、歴史上、人口1人当たりの爆撃が最も重い国である。

2. ラオス国内の村落の25%が不発弾による被害地域だと予測されている。

3. 第二次インドシナ戦争では58万回以上の爆撃ミッションが遂行された。

4. 1964年から73年(第二次インドシナ戦争)の間に200万トンもの兵器が投与(9年間、24時間中、毎8分の計算になる)され、その3割以上が不発弾となった。

5. 戦後も約8000万個の不発弾がラオスに残された。

6. ラオスの全17県が、不発弾により苦しめられている。

7. 46の貧困地区の内、41地区が不発弾により汚染されている。

8. 1964年から2008年の間、不発弾により5万人以上の人々の命が失われた。

9. 1974年から2008年の間、不発弾により2万人以上の人々の命が失われた。

10. 不発弾除去プロジェクトは、その活動に対し、650万ドルと1000人以上の雇用を必要としている。

 ラオスには多くの不発弾が残されている。都市部に長く暮らすと、ラオスが戦場であったことなど、実体験のない者にとっては、過去の遺物でしかない。都市部の人々は好景気の喜びを素直に享受しているが、一歩離れると、戦争の深い傷跡が未だ残る。

 東北部シェンクアンの人口は、約28万人(2011年)。同県の観光名所である謎の石壷群「ジャール平原」はユネスコに世界遺産登録申請中で、また、温泉源があり、ゴルフ場に適したなだらかな丘陵が広がる。雨期には松茸が採れることでも有名だ。これらの要素だけを並べると観光地としてのポテンシャルは高い。しかし、同地はベトナム戦争(第二次インドシナ戦争)時代に激しい爆撃を受けた地域だった。

 現在、世界中で禁止の動きが高まっているクラスター爆弾がその試験場として使用されたのがラオスであった。多同兵器は、不発弾となる可能性が高く、兵士への致死率が低い。負傷者の発生による介護の為、戦力が削がれる。この悪質な兵器が、未だラオスの農村部の開発を妨げている。

シェンクアンの県都ポンサワン。上空からの写真。円型の窪みが爆撃の跡【撮影/『テイスト・オブ・ラオス』】
球状のクラスター爆弾。悪質な兵器「クラスター爆弾」の使用禁止を盛り込んだオスロ条約は108カ国が条約に署名、46カ国が締結している。東アジアの署名国は4カ国のうち締結国は日本とラオスの2カ国。しかし、クラスター爆弾を多数保有している米国や中国、ロシアなどは未加盟の状況である。【撮影/『テイスト・オブ・ラオス』】
シェンクアン県都ポンサワンの風景。シェンクアン県は、2011年~2015年の5カ年計画で、経済成長率を9%に、一人当たりの年間GDPを1170ドルに引き上げる目標を発表した。同県は、牛の畜産、観光、加工製造、農産物、鉱業などの分野に力を注ぐ。過去5年間の同県経済成長率は、7.8%、GDPは852ドルであった。そのうち50.7%は農林業、33.3%は工業、16%はサービス業からとなっている【撮影/『テイスト・オブ・ラオス』】