橘玲の日々刻々
2013年1月23日 橘玲

[橘玲の日々刻々]
食糧危機はウソだった! 報道されない"不都合な真実"

 世界じゅうで、食料は余っている。そしてこれが、先進国を中心に深刻な農業問題を引き起こした。

 これもいわれてみれば当たり前なのだが、農産物が稀少で価格も高ければ、農業が経済的に成立しないという意味での「農業問題」は起こらない。農業問題というのは、穀類などの供給が過剰になり、売り先がなくなって価格が低下し、農家の収入が下がって生活が成り立たなくなることをいうからだ。

 それに対して食糧問題とは、食料の需要に対して供給が過少になり、必要なひとが食料を手に入れられなくなることをいう。供給過剰(需要過少)による農業問題と、供給過少(需要過剰)による食糧問題は経済学的には正反対で、両者を同一のものとして語ったり、同時に解決することは原理的にできない。

 それにもかかわらず日本国内の農業問題についての議論は、いまだに終戦直後の食料不足を前提としており、食料の過剰(作りすぎ)という現実を無視しているため、まったく意味のないものになっている。

 「日本の食料自給率はカロリーベースで40%しかない」といわれるが、カロリーベースの自給率を問題にしている国は世界じゅうで日本くらいしかない。豚肉や鶏肉は国内で生産されているが、穀物飼料は輸入しているのだから「自給」とはいえない。このように考えると、農水省の推計でも、日本の食料自給率はどう頑張っても50~60%程度にしかならない。農水省の目標は食料自給率50%だが、40%なら不安で50%だと安心だという根拠などどこにもない。

 さらにいえば、日本の食料自給率を引き下げたのはコメに対する長年の過剰な優遇策だ。自民党政権が農村票を確保するためにコメの価格を吊り上げたため、農家は小麦など他の穀類をつくらなくなった。そのため穀物飼料を輸入するほかなくなり、それが食料自給率を引き下げるから、いまでは農家に補助金(すなわち税金)を渡して小麦などの生産を奨励している。しかしこんなことではアメリカの大規模農業に対抗できるわけもなく、いたずらに税金をムダにしているだけだ。

「食料自給率」というのは、過去の農業政策の失敗を糊塗し、個別所得補償制度など票目当ての農家への優遇策を正当化するための、政府や官僚による都合のいいレトリック(ウソ)なのだ。

 川島氏によれば、日本の農業の最大の問題は農業人口が“多すぎる”ことだ。

 アメリカでは農家1戸あたりの農地は10.8ヘクタールで、1人当たりの穀物生産量は78.1トン、ヨーロッパの農業大国であるフランスでは、1戸あたりの農地は7.1ヘクタールで、1人当たりの穀物生産量は52.8トンだ(フランスでは、アメリカの7~8割の規模で農業生産が行なわれている)。それに対して日本では、1戸あたりの農地は0.7ヘクタールで、1人当たりの穀物生産量は4.0トンと、アメリカやフランスの10~20分の1だ。これほど規模が違っては、「競争」など成立するはずがない。

 日本の農業の問題は「担い手不足」ではなく、担い手が“多すぎる”ことだ。農業の競争力をグローバルスタンダードに引き上げるためには、農家の戸数を少なくとも現在の10分の1程度まで減らさなければならない。そうなれば、地方にはほとんどひとはいなくなるだろう。農業の再生と、地方の再生は両立しないのだ。

 農業問題の根本は、農業と製造業の生産性に大きな差があることにある。農産物の需要は、原理的に、人口増と同じ程度にしか増えない。ひとはゆたかになれば高級な食材を買い求めるようになるだろうが、米や肉を3倍も4倍も食べるようになるわけではない。

 それに対して製造業の生産性は、技術革新や規模の拡大によって大きく上昇した。こうして農村から都市へと人口が流出するが、それでも農地の拡大は進まず農村はどんどん貧しくなっていく。都市と農村の格差の拡大は、日本だけでなく、中国や東南アジアなど世界のどこでも見られる現象だ。