橘玲の世界投資見聞録
2013年4月2日 橘玲

[橘玲の世界投資見聞録]
地中海の小国・キプロスの経済危機を
収束させた預金者負担の後味

キプロスの中心都市レメソス(リマソール)。クリスマスのシーズンで、ラウンドアバウト(円形交差点)の中心にサンタクロースのデコレーション。付近には金融機関やブランドショップが集まっている (Photo:©Alt Invest Com)

ロシアからの資金とギリシア国債

 キプロスにロシアの資金が流入するようになった背景は、さほど複雑なものではない。

 後発のタックスヘイヴンであるキプロスには、そもそもヨーロッパの富裕層を顧客に獲得することができなかった。いつ戦争が始まるかわからないような国に大金を預けようとするひとはそれほど多くない。

 一方、ロシアの企業や富裕層はコンプライアンスに問題があり、欧米の金融機関は資金を受け入れたがらない。すべてがロシアマフィアの裏金ということはないだろうが、正規の業者でも、電信送金では記録が残るため、ロシア国内で闇両替したドルの現金を大量に持ち込もうとするのだ。

 キプロスの金融機関は、ロシア人の顧客に対してはコンプライアンスのハードルを大幅に下げて、あやしい資金でも喜んで受け入れた。さらには、通常より高い金利を提示して顧客を引きつけようとした。その結果、GDPの7~8倍にもなる巨額の預金を保有するようになったのだ。

 キプロスの金融機関の預金金利が高い理由もきわめてわかりやすい。彼らは、集めた預金でギリシア国債をせっせと買っていたのだ。

 キプロス共和国自体は、信用力がないため国債を発行することができない。キプロスのひとたちは自分がギリシア人だと思っているのだから、日本の銀行が日本国債を買うように、「安全」で高金利なギリシア国債を購入するのは当然だったのだ(おまけにキプロスにはギリシア系金融機関のオフショア子会社もたくさんある)。

キプロスの首都レフコシア(ニコシア)。9000年の歴史を持つ城塞都市。北キプロスとの境界線上に建つ (Photo:©Alt Invest Com)

 ところがそのギリシアが財政破綻してしまい、EU主導でギリシア国債を保有する金融機関などが最大で50%の債権放棄をさせられることになった。キプロス共和国の財政は健全だったとしても、この措置によって国内金融機関が大幅な債務超過に陥り、かといってGDPをはるかに上回る損失を公的資金で救済することもできず、ロシアなどに資金援助を求めたものの万策尽きて2012年6月、EUに金融支援を求めることになった。

 ユーロ危機の解決が難しいのは、財政の悪化に苦しむ南のヨーロッパに対し、ドイツなど北のヨーロッパが支援を行なう正当な理由を有権者に説明できないからだ。

 キプロスの経済規模はユーロ圏全体の0.2%程度に過ぎないが、ギリシアなど他の国々に波及する可能性を考えれば、救済せずにユーロから脱退させる政治的リスクは大きい。だがそうはいっても、100億ユーロもの資金を無償でこの島国に投じるようなことをすれば、最大の出資者であるドイツのメルケル政権は今年9月の総選挙を乗り切れない。このようにして、銀行預金のカットという奇策が登場した。

 もっとも、預金者はお金を銀行に貸しているだから銀行の債権者でもある。株式会社が破綻した場合は、まずは株主が出資金の範囲で有限の責任をとる。それでも債務が残るのなら社債などを購入した大口の債権者が債権を放棄し、それでも足りなければあとは小口の債権者(すなわち預金者)が損失を被るしかない。本来であれば半分以下になってしまう預金がEUの金融支援によって9割も戻ってくるのだから、預金者にとっても悪い話ではないと考えたのだろう。

 だがいかんせん、キプロス政府にはこうした事情を国民に説明し納得させる時間も能力もなかった。そのため預金封鎖を強行し、強制的にすべての預金に課税しようとして大混乱を引き起こしたのだ。