橘玲の日々刻々
2013年5月23日 橘玲

国民年金基金の欠陥を補う改革試案
[橘玲の日々刻々]

 国民年金基金は、自営業者などが加入する国民年金(平均的な受給額は月5万3000円)と、サラリーマンや公務員の年金(同16万1000円)の格差を是正すべく1991年にスタートした。国民年金加入者のうち、経済的に余裕のあるひとは、別途、国民年金基金にも加入することで、掛金が全額所得控除になるなどの税務上の恩恵を受けつつ長期の積立で老後の年金を増やすことができる。

 行動経済学は、ひとは「合理的経済人」として常に正しい判断ができるわけではないという。ここから、「国家がひとびとを経済合理的な選択に誘導することは認められるべきだ」との政治的主張が生まれた。

 リバタリアン・パターナリズム(おせっかいな自由主義)と呼ばれるこの立場では、国家が国民に“正しい行動(将来のための積立)”を強制することは否定するが、制度設計(マーケットデザイン)を通して正しい選択にNudgeする(ひじでそっと押す)ことは積極的に推奨されるのだ(リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン『実践 行動経済学―健康、富、幸福への聡明な選択』)。

 国民年金基金もこの意味でNudgeの試みといえるだろうが、スタートから20余年を経過して2つの制度的欠陥が指摘されている。このうちひとつは(おそらく)誤解であり、もうひとつは深刻な問題で早急に対処が必要だと考えるので、以下その概略を述べてみたい。

(1)国民年金基金はインフレに無力だ

 国民年金基金は確定拠出・確定給付の年金で、加入時に複数の商品から選択するが、いずれもその時点で毎月の掛金と将来の受給額が確定する。将来にわたって掛金や受給額が増減することがないのは、加入時の予定利率(運用利回り)が固定されているからだ(超長期の積立定期預金と考えればいい)。

 現在の予定利率は1.75%で、月額1万円の掛金を30年間納めると約470万円になる。

 国民年金基金のホームページでは、高齢者夫婦の平均的な世帯支出は月額27万円で、65歳時点で約6200万円の生活資金が必要になるにもかかわらず、夫婦2人の国民年金受給額は約3000万円分しかないと述べられている。予定利率1.75%で計算すると、不足分の3000万円を国民年金基金で積立てるためには、30歳から60歳までの30年間、毎月6万5000円の掛金を納める必要がある。

 国民年金基金への批判のひとつは、こうした商品設計がインフレを考慮していない、というものだ。

 これまではずっとデフレが続いてきたが、今後30年のあいだには悪性のインフレが日本経済を蝕むことがあるかもしれない。仮に30年後の物価が10倍になっていたとすると(これはそれほど荒唐無稽な仮定ではない)、年金の原資になる3000万円の実質価値は10分の1の300万円分しかないことになる。これではとても老後の生活は支えられない。

 1.75%という運用利回りは、いまの超低金利では相対的に有利かもしれないが、インフレになれば当然金利は上がっていくから逆ざやになってしまう。アベノミクスで年2%のインフレになれば、10年ものの国債利回りは3%程度まで上昇するかもしれない。だが国民年金基金は解約できない仕組みなので(掛金の減額は可能)、低利回りの不利な運用を長期にわたって続けざるを得なくなり、結果的に大損してしまうのだ。

 しかし私は、国民年金基金の資産がインフレで紙くずになるようなことは起こらないと思う。

 生命保険会社が予定利率を上回る運用をしたときの利益が「利差益」で、これは保険会社の収入になって、社員のボーナスや株主の配当の原資になる。将来、高率のインフレが起きて金利が急騰すると、1.75%の利回りしか約束していない国民年金基金は、国債を保有しているだけで莫大な利差益が転がり込んでくる。

 ところで、もしそのようなことになれば、この利差益は誰に分配されるのだろうか?

 国民年金基金は株式会社ではないから、利益を株主に分配する必要はない。厚生労働大臣の認可を受けた公的な法人ではあるものの、国の機関ではないから国庫に納める必要もない。各基金の理事のボーナスにしたり、保養施設をつくるなどということは当然許されないだろう。だとすれば、この利差益は加入者に特別配当として分配するほかはない。

 ここまではあえて触れなかったが、国民年金基金の制度上の欠陥は、加入年度によって予定利率に大きな差があることだ。