橘玲の世界投資見聞録
2013年5月24日 橘玲

フィリピン・マニラ 日本人高齢者を受け入れる介護サービスの現場
[橘玲の世界投資見聞録]

 ヴィレッジを長期で利用する場合、1年のリースで介護費用込みの利用料は146万円(月額約12万1600円)、10年リースでは1000万円(同約8万3000円)。これに管理費2万5000円と食費や光熱費が加わるから、毎月の生活費は20万円程度になる。特別な介護が必要な場合は別途料金が加算されるが、それでも日本で介護保険適用外のサービスを受けるよりはるかに安い。

リビング。内装はバリアフリー化されている (Photo:©Alt Invest Com)

 ヴィレッジの3組目の住人は、その年の8月に入居したばかりの渡部ふみさん(当時91歳)だった。ふみさんは前年12月に末期の肺がんと診断され、もはや治療の方途はないと退院を促された。

 大正生まれのふみさんは外国大使館や外資系企業で長く働き、流暢に英語を話すモダンガールだった。60歳を過ぎてからも行動力は衰えず、家族を日本に残して世界じゅうを旅して回った。

 自宅で療養生活を始めたふみさんにとって、ホームヘルパーに子供扱いされるのは耐え難い屈辱だった。一人娘の啓子さんは母とヘルパーとのトラブルに翻弄され、一時は仕事を辞めることまで真剣に考えたという。

 そんなときふみさんが、「もう日本はいいから、どうせなら最後は大好きな海外で暮らしたい」と言い出した。そこで親子でヴィレッジを訪ね、ふみさんはそのまま2カ月ほど体験入居した。

風呂とトイレには補助器具 (Photo:©Alt Invest Com)

 いったん日本に帰ったものの、8月に入ると病状が悪化し、予定を早めてフィリピンに渡ることを決意。医師からは「生きてマニラ空港に降りられる保証はない」と言われたが、片道航空券で日本を後にした。

 ヴィレッジでは3人の若い介護士が交代で24時間付き添い、日本人看護師が容態を確認し、週に1、2回医師の往診も受けていた。私が訪れた時は、唯一の不満は新鮮な刺身が食べられないことだけだと元気な様子だったが、それから1カ月半後、安らかに息を引き取った。

 現在のヴィレッジの責任者は門口武史さん(65歳)だ。

 門口さんは大学卒業後、ずっと海外のホテル・旅行業界でキャリアを積み、最後の仕事はシャングリ・ラ ホテルズ&リゾーツの日本地区統括副社長として東京・丸の内のシャングリ・ラ ホテルの開業を指揮することだった。

 引退後、門口さんは腹部に動脈瘤が見つかり、その手術で下半身が完全に麻痺してしまう。車椅子生活を余儀なくされた門口さんに、シンガポールのシャングリ・ラ ホテル勤務時代からの友人だった高橋社長が声をかけ、TPVの責任者に就任することになった。今はヴィレッジの経営者(“熱帯楽園村”の村長)でありつつ、同時に介護サービスを受ける立場でもある。

 ヴィレッジの新しい住人は眞木幸枝さん(79歳)で、夫の死後、軽井沢の別荘で暮らしていたが、雑誌の記事を読んでヴィレッジを訪れ、そのまま気に入って愛犬のプードルとともに2011年に移住してきた。はじめての海外生活だが、スタッフはみな親切で、日本のいたときよりも毎日がずっと充実しているという。