橘玲の世界投資見聞録
2014年2月11日 橘玲

空前の観光ブーム・モロッコで5カ国語を操る
ベルベル人ガイドが生き残るための才覚
[橘玲の世界投資見聞録]

 ところが車はどんどんオートアトラスに近づき、山を登りはじめ、標高2000メートルの最高地点を越えて、世界遺産のアイト・ベン・ハッドゥに着いてしまった。ここは赤土の日干し煉瓦でつくられた村で、モロッコのカスバのなかでもっとも美しいとされている。カスバはアラビア語で城砦都市のことで、有名なアルジェのカスバは都市の中にあるが、モロッコではアトラス山麓に点在する城砦をカスバと呼ぶのだという。このカスバが峡谷沿いに並ぶのがカスバ街道だ。

ベルベル人のつくったカスバ(要塞化された村)、アイト・ベン・ハッドゥ。数々の映画の撮影地となり、世界遺産にも登録された      (Photo:©Alt Invest Com)
カスバの中はこんな感じ         (Photo:©Alt Invest Com)

 映画『アラビアのロレンス』などの撮影地として知られるアイト・ベン・ハッドゥを見学したあと、道路脇のレストランで昼食になった。モロッコ名物のタジン鍋でクスクスを食べ終わる頃、若い男が英語で声をかけてきた。
 

「僕が君のガイドだよ。よろしく」

 がっしりとした体格のこの若者が、メールでやり取りしたヨセフだった。

 彼の説明を聞いて、ようやく事情が理解できた。アトラス山脈を超えるルートは大型バスでは時間がかかり、砂漠地帯を走ることもあって、4WDを借り切るのがふつうだ(そのわりに2泊3日で375ユーロは安い)。その代わりツアー会社は、ドライバーとガイドを兼務させてコストを削っている。ただし全員が英語を話せるわけではないので、途中でガイドを交代する。フェズから別の観光客を案内してきたヨセフが、こんどは私を連れて砂漠経由でフェズまで戻るのだ。

ヨセフは、ベルベル人の観光ガイド

 マラケシュからフェズへのルートを2泊3日で走破するのはかなりの強行軍で、日中の大半は車での移動になる。モロッコの歴史や文化の話もじきに尽きてしまい、自然と会話は個人的なことになった。まる2日間ヨセフと話をして、私はモロッコで暮らすひとたちのことがほんのすこし理解できた。といっても、ヨセフは運転中に頻繁に携帯電話でしゃべっていたので、私との会話に割いた時間は半分ぐらいだったが。

 モロッコは国民のほとんどがイスラム教スンニ派のムスリムだが、民族構成は大きくアラブ系とベルベル系に分かれる。ヨセフは私が出会ったはじめてのベルベル人だった(ヨセフにとっても、私は数年ぶりの日本人旅行者だったらしい)。

 ローマの属領だった北アフリカ(マグレブ地方)は、7世紀にイスラムのウマイヤ朝(サラセン帝国)の統治下に置かれる。モロッコはアラウィー朝の後裔であるムハンマド6世を元首に戴く立憲君主制で、アラブ人はこの国の「支配民族」だ。彼らはラバトやカサブランカなどの都市部や、マラケシュやフェズなどアラブの隊商がつくった街に暮らしている。

 それに対してベルベル人は、北アフリカを都市国家カルタゴが支配していた紀元前800年代から歴史にその名を現わす原住民だ。「ベルベル」の名がギリシア語の「バルバロイ」、英語のバーバリアン(barbarian)から来ているように、もとは「蛮族」を表わす蔑称で、ローマとカルタゴが戦ったポエニ戦争の当時から勇猛な騎馬民族として知られていた。アトラス山脈に遮られて砂漠は地中海側まで侵食せず、2000年前の北アフリカは農耕にも牧畜にも適したサバンナだったのだ。

アトラス山脈が地中海からの湿った風を堰き止めるので、山の南側は不毛の土地   (Photo:©Alt Invest Com)