アラブ
2014年11月20日 岩永尚子

教えて! 尚子先生
第二次世界大戦後、なぜイスラエルが建国されたのですか?<前編>

【中東・イスラム初級講座・第16回】

近代に至るまでのユダヤ人迫害の3つのパターン

 ユダヤと聞くと、「ホロコースト」とか「アンネの日記」を思い起こされる方が多いかと思いますが、実はユダヤ人迫害の歴史はもっと根深いのです。ユダヤ教徒であるが故に迫害されてきたのですが、近代に至るまでの迫害には大きく分けて3つのパターン、1)宗教的偏見に基づくもの、2)キリスト教の高揚、3)職業的差別や貧困から生じた迫害 がみられます。

1)宗教的偏見に基づく迫害

 中世で多いのは、宗教的な偏見に基づいた迫害です。宗教が最も重要な規範であった中世のキリスト教徒の考え方の根底には、「神の子イエスを殺したのはユダヤ人であり、ユダヤ人はみな敵だ!」という考えが根強くありました。そのために、キリスト教徒の少年が変死体で発見されると、「ユダヤ人がキリスト教徒を誘拐し、その生き血を儀式に用いた」として、ユダヤ人に対する虐殺や迫害が始まるのでした。

 これは迫害の典型的なパターンで、イギリスやドイツ、その他の国でもみられ、また時代が変わっても何度も発生しています。さらに、このパターンが変容した例としては、14世紀にペストが流行した際にも「ユダヤ人が毒を井戸に投げ込んだせいだ!」としてユダヤ人虐殺につながりました。その結果、13世紀にはすでにドイツでユダヤ人は教会から離れた地域に隔離され、塀で覆うユダヤ人地区(ゲットー)が作られていましたが(夕方になると門が閉められ外には出られない仕組み)、ペストによりヨーロッパ各地でゲットーが建設されるようになりました。

2)キリスト教の高揚による迫害

 つぎにキリスト教の高揚から生じる迫害についてですが、これは十字軍やスペイン・ポルトガルなどでのレコンキスタ(国土回復運動)、宗教改革などの際に発生しています。十字軍というと、キリスト教とイスラム教の戦いというイメージが強いのですが、実はキリスト教徒たちはイスラム教徒だけではなく、ユダヤ教徒に対しても戦いを挑んでいます。つまり、彼らはイスラムの地にたどりつく前に、すでにユダヤ人を虐殺しながら進軍していったのです。

 また、スペイン・ポルトガルのレコンキスタで、キリスト教徒はイスラム教徒をイベリア半島から排除する過程で、イスラム教徒と共存していたユダヤ人もまた排除されていきました。13世紀になると、改宗するか移住するかのどちらかの選択を強いられたために、多くのユダヤ人がキリスト教徒に改宗したふりをした「隠れユダヤ教徒」となっていたといわれています。

「隠れユダヤ教徒」を探し出すために、魔女狩りのような異端訊問が行なわれ、ユダヤ教徒と判断されたものは死刑、財産は没収されました。裕福な者の中には、実際にはユダヤ教徒ではないにもかかわらず、財産の没収をもくろまれ、ユダヤ教徒として処刑されていたそうです。

3)職業的差別や貧困から生じた迫害

 職業的差別から生じた迫害とは、中世においては、ユダヤ教徒には土地の保有や公職に就くこと、職業別組合であるギルドに入ることが禁じられていました。つまり、キリスト教徒でなければ、農民や公務員、手工業者や商人にもなることも不可能だったのです。

 そのため、ユダヤ人はキリスト教徒に禁じられていた高利貸しなどの金融業(キリスト教徒同士の間での利息を取ることは禁じられていた)や徴税人、医師、芸人、ギルドのない手工業(ダイヤモンドの研磨)や商業(行商人)などの限られた職業に従事するほかありませんでした。結果的に「お金」に直接かかわりをもつ職業が多く、ユダヤ人の中から富を成す者が出現すると、その富がねたまれ、また迫害の対象となってしまうのでした。