橘玲の日々刻々
2015年2月10日 橘玲

すべての宗教は危険である。信じているひとが
ものすごく多いから特権的な優遇を受けているだけ
[橘玲の日々刻々]

 イスラームの創始者ムハンマドの風刺画をめぐって論争がつづいています。日本のメディアのあいだでも、「私はシャルリー」のカードを掲げて涙を流すムハンマドを描いた雑誌の表紙を掲載するかどうかで判断が分かれました。

 掲載を控えたメディアは、「表現の自由は重要だが、紙面に載ればイスラーム信者が深く傷つく」などと説明しています。「他人の嫌がることはやらない方がいい」というのは一見わかりやすい理屈ですが、はたしてそれでいいのでしょうか。

 日本には従軍慰安婦や南京大虐殺、靖国問題の報道で深く傷つき、激昂するひとがたくさんいます。それなら同じように、彼らの意に反する表現もすべて控えるべきだ――こんなことをいえば間違いなく袋叩きにあうでしょう。ジャーナリズムとは、権力や大衆の神経を逆なでしてもなお真実に迫る営為だとされているからです。

 ではなぜ、ムスリムの気持ちには配慮し、愛国的な日本人の感情は踏みにじってもいいのでしょうか。