橘玲の日々刻々
2015年2月16日 橘玲

「自己責任」論を否定すると
国家による渡航禁止など、自由の制限が始まる
[橘玲の日々刻々]

 2人の日本人がISIS(イスラム国)の人質となり、殺害された事件でまたも「自己責任」論が沸騰しました。

 2004年4月のイラク人質事件では、過激派に拘束されたボランティア活動家などが現地の危険をじゅうぶん認識しておらず、被害者の一部家族が政府に自衛隊撤退を要求したことで、「自己責任」を問う激しいバッシングにさらされました。

 しかし今回の事件では、2人ともISISの支配地域がきわめて危険だとわかったうえで渡航しており、ジャーナリストはビデオメッセージで「自己責任」を明言しています。「殺されたとしても誰のせいでもない」というひとを自己責任で批判してもなんの意味もありませんから、今回の騒動は「政府(安倍総理)に迷惑をかけるな」という心情的な反発なのでしょう。

 人質事件に対し、政府は国民が許容する範囲で救出活動を行ないますが、それ以上のことはできません。

 アメリカは「テロリストとは交渉せず」が原則ですから、人質は事実上見捨てられますが、それに対して国民からの批判はほとんどありません。テロリストに報酬を与えることは、新たな犯罪を誘発するだけだとされているからです。

 それに対して日本では、国民の多くが国家に「日本人の生命を守る」ことを求めます。こうして政府は人質救出に奔走するわけですが、今後、人質事件が頻発するようなことになれば(考えたくはありませんが)「人命最優先」を再考せざるを得なくなるでしょう。

「人質救出は政府の義務」と決めつけるひとがいますが、「国民の生命を守るために軍事的な奪還以外の方法はとらない」という選択肢もあり得るのですから、一つの正義を絶対化するのは危険です。それ以上に危険なのは、「自己責任」そのものを否定するような主張です。