橘玲の世界投資見聞録
2016年2月18日 橘玲

経済成長が進むインドで
今も変わらない身分差別(カースト)の弊害
[橘玲の世界投資見聞録]

 クリスマスの夜には、ホテルでパーティ(ガラディナー)が開かれた。ブッフェとアルコールを含む飲み放題で1人5000ルピー(約9000円)だからけっして安いとはいえないが、外国人は数組だけで、ほとんどの参加者はインド人の家族連れだった。パーティ会場には広い舞台が用意され、生バンドに合わせてインド映画さながらにひたすら踊り狂う(それもみんなかなり上手い)。これがインド流の楽しみ方で、どこもパーティはこんな感じになるらしい。

 会場を見渡すと、両親と子ども、きょうだいを連れた10人規模のグループもいる。これは中間層というより富裕層に近いだろうが、かつては高級ホテルに外国人客しかいなったことを思えば驚くべき変化だ。

インド流クリスマスパーティ           (Photo:©Alt Invest Com)

 

 もちろん、経済成長によってすべてのひとがゆたかになれるわけではない。いまでもインドのいたるところで、いやおうなく貧しさを目にする。下はチェンナイの道路脇の井戸に水を汲みにきたひとたち。この近くには外資系ホテルがあり、そこのインド料理のブッフェは1人5000円くらい。道路沿いには地元のひとが通うレストランもあって、そこならカレーとチャイで100円ほど。そのお金も惜しむひとたちが、けっして安全とはいえないだろう井戸水で煮炊きしているのだ。

道路脇の井戸に水を汲みにきたひとたち      (Photo:©Alt Invest Com)

 

高級住宅街の歩道にゴミが散乱している理由

 次はインドの街について。下はチェンナイの高級住宅街で、街路樹が茂った通りには豪邸や高級マンションが並んでいる。ところが歩道を歩いていると、あちこちに工事の途中らしき穴が開いていたり、ゴミが積み上げられたりして、せっかくの雰囲気がだいなしだ。

 これはインドにかぎらず新興国の多くで感じるのだが、公共の意識(経済学でいう外部経済の感覚)が欧米や日本とはちがう。歩道を歩きやすいように整備して、それぞれの家が道路のゴミをちゃんと掃除すれば街の景観は一変し、地価も上がると思うのだが、そのようなことを率先してやろうとするひとが誰もいないのだ。

 これは「信頼」という社会資本が欠落しているからだ。自分だけ頑張ってもまわりのひとが協力してくれないのならバカを見るだけだ。こうして敷地のなかはきれいにしても一歩外に出るとゴミの山、ということになる。とりわけインドのような暑い国だと、お金持ちは車でしか外出しないから、家の前の歩道がどうなっていようが関係ないのだろう。

チェンナイの高級住宅街。一見、いい雰囲気だが……   (Photo:©Alt Invest Com)
工事が途中で放棄されたのかところどころ掘り返されたままで、歩道にはゴミが散乱している                 (Photo:©Alt Invest Com)