橘玲の世界投資見聞録
2016年7月21日 橘玲

パリ同時多発テロから7カ月。
テロ現場の今と移民大国フランスの現状
[橘玲の世界投資見聞録]

 フランス革命を祝う7月14日、ニースの海岸で花火見物をしていた群集に大型トラックが突っ込み、2キロ近く暴走して84人が死亡、200人以上が負傷する大惨事が起きた。それ以前には、6月28日にイスタンブール空港を武装したテロリストが襲撃(死者48名、負傷者238名)、7月1日にはバングラデシュの首都ダッカの高級レストランで日本人7人を含む民間人20人が死亡するテロ事件が起きている。今年は6月6日から7月5日までがラマダン(イスラームの断食月)で、IS(イスラム国)の「聖戦」の呼びかけに呼応したともいわれる。

 ニースの事件が起きたプロムナード・デ・ザングレは海岸沿いにつくられた美しい遊歩道で、ニース・カーニバルをはじめさまざまなイベントが開かれ、多くの観光客が押し寄せる。ここで大型トラックを暴走させるテロは想定外で、フランスの警察当局は大きな衝撃を受けている。

ニース海岸。ビーチと車道のあいだにあるのが事件の起きた遊歩道プロムナード・デ・ザングレ                                                                 (Photo:©Alt Invest Com)
この遊歩道を大型トラックが暴走した       (Photo:©Alt Invest Com)    



 これまでの警備は重火器によるテロを想定しており、EURO2016のスタジアムやパブリックビューイング会場でも厳重な荷物検査が行なわれていた。だが群集に向かって大型車を突っ込ませることはいつでもどこでもでき、犯罪予防はほぼ不可能だ。

 犯人はチュニジア生まれでフランスの居住権を持つ31歳の男性で、ISのビデオを収集していたとされるが、近隣の住人の話では酒を飲み、豚肉のハムを食べ、女性と遊ぶことを好んだともいう。

 これまでイスラームとは無縁の放蕩生活をしていた人物(大半が20代後半から30代半ばまでの男性)が失業や離婚など人生の危機をきっかけに急速にイスラーム原理主義に傾倒し、テロリストに変貌するケースは、昨年11月のパリ同時多発テロ事件や今年3月のブリュッセル連続テロ事件の犯人にも見られた。これがカルトの持つ「魔力」だが、それによって犯罪予備軍の特定がきわめて難しくなっている。

 社会の差別によるものか、本人に責任があるのかは別として、フランスには人生に絶望した移民の若者がたくさんいる。彼らのごく一部がある日突然「怪物」に変わるのだとしたら、市民社会はその現実をどのように受け入れればいいのだろうか。――これがヨーロッパ社会に突きつけられた重い問いだ。

パリ同時多発テロ現場の今

 6月下旬から7月はじめにかけてベルギーとフランスを旅した。その際、テロに関係する場所を訪れたので、その印象を述べておきたい。なお、この写真を撮影したのは一連のテロ事件が起きる前だ。

 2015年11月13日のパリ同時多発テロ事件では、パリ郊外のサン=ドニにあるサッカースタジアム、スタッド・ド・フランス周辺のほか、パリ北駅の東側を流れるサン・マルタン運河沿いの飲食店や劇場が標的となった。

 北駅の周辺はかつてはパリでも治安の悪い地区とされていたが、近年の再開発によって瀟洒なレストランなどが集まるようになり、週末は地元のひとたちで賑わっている。観光客の姿はほとんどなく、テロリスト集団が明確にパリ市民の殺傷を目的としていたことがわかる。フランスはアメリカやロシアとともにシリアのIS支配地域への空爆に積極的で、それによって多くのシリア「市民」が殺されていることへの報復だと、ISは声明で述べた。

EURO2016開催中のパリ北駅は厳重に警備されていた  (Photo:©Alt Invest Com)

 

パリ北駅を警備する重装備の兵士。運んでいるスーツケースは後ろを歩くホームレスらしき老人のもの                                        (Photo:©Alt Invest Com)



 午後9時20分、武装グループがサン・マルタン運河から1ブロック入ったところにある「ル・カリオン・バー」に向けて発砲したところからテロは始まった。武装犯は次いで隣にある人気カンボジア料理店「ル・プティ・カンボージュ」の店内に入って11人を射殺した(計15名が死亡、10名が重傷)。

最初に銃撃を受けた「ル・カリオン・バー」は営業を再開していた。「ル・プティ・カンボージュ」は道を挟んだ向かいにあったが、現在は近くに移転している       (Photo:©Alt Invest Com)