かつて、東洋一を誇る官営八幡製鐵所の下、日本の産業拠点として繁栄した福岡県北九州市。日本の近代化を支えたこのまちは、深刻な公害問題や"鉄冷え"など数々の試練に遭いながらも、逆境をバネに乗り越えてきた。いわば、世界の都市が抱える問題を、一歩先に解決してきた先進モデルであり、危機を進歩に変える知力と体力を持った都市である。過酷な国際競争の中、「アジアの先端産業都市」を目指し、新成長戦略を策定した同市の挑戦を、今号から20回の連載でリポートする。

製鉄所や化学プラントが立ち並ぶ洞海湾の工場夜景。昨年は「全国工場夜景サミットin北九州」も開催された

 工業地帯の中心にある洞海湾。日本の高度成長期、この湾は水質汚濁が進んで「死の海」と呼ばれ、空は「七色の煙」に覆われた。今、洞海湾は青く澄み、工場夜景は幻想的なまでに美しい。それというのも、市民と企業、学術機関と行政が、一丸となって技術開発と環境浄化の努力を行い、公害を克服してきた歴史があるからだ。

 今や北九州市は、国際機関・OECD(経済協力開発機構)の「グリーン成長都市」に選定され、パリ、シカゴ、ストックホルムと並んで、環境と経済が両立した都市発展モデルとして、世界にその名が知られている。同市の“危機を進歩に変える”原点が、ここにある。

目指すは
アジアの先端都市

 全国に20ある政令指定都市の中で、北九州市には、大阪市や名古屋市のような規模的な優位性はない。人口は第13位で、所得水準は第15位、財政力は決して高いとはいえず、福岡県の県庁所在地ですらない。だが、北九州市が持つポテンシャルは驚くほど高い。ひと言で言えば、“他の都市より困難を一歩早く経験し克服してきた”優位性である。

 かつて、この地に東洋一の規模を誇る官営八幡製鐵所が創業したのは1901年。それを契機として鉄鋼、化学、金属、窯業などの産業が振興した。モノづくりの実力は今、“鉄冷え”を乗り越え、自動車関連企業の受注の拡大となって表れている。半導体産業で培われた技術力は、産業の空洞化以降、高付加価値のモノづくりに迅速にシフトしている。

近代製鉄発祥のモニュメントとして文化財になっている、福岡県北九州市八幡東区にある八幡製鐵所の東田第一高炉跡

 環境分野では、国内最大規模のエコタウンを擁してリサイクル産業を成立させ、スマートコミュニティの実証実験では、約20%のピークカットを実現。再生可能エネルギーや基幹エネルギーの立地を促進し、自治体の中ではいち早く、地域エネルギー拠点の形成に本腰を入れ始めている。同市ではまた、公害克服の実績を基に早くから海外への技術協力を行い、アジアに幅広いネットワークを築いてきた。これから始まろうとしているのは、北九州モデルをパッケージにして都市インフラを輸出する、先駆的な海外ビジネスだ。

 日本の近代化や高度成長を支え、その痛みすらも他地域に先駆けて経験し、逆境を乗り越えてきた北九州市。政令指定都市の中で少子高齢化が最も進むなど、今も課題の面で日本社会の一歩先を行く都市であり、よく「日本の縮図」「日本の未来」と評される。

 その北九州市が、昨年策定した「新成長戦略」の目標像は、「新たな技術と豊かな生活を創り出すアジアの先端産業都市」。かつての“公害経験都市”が創り上げた、不屈の「北九州イズム」は、国際的に厳しい競争時代の中でこそ、その強さを発揮するはずだ。連載リポートでは、産業、ポテンシャル、環境、海外への取り組みに焦点を当て、その強さの秘密に迫る。