得意先への電話がかけられない!

 Aさんは、大手の事務機器販売会社に入社して8年目の営業マン。いくつかの販売店や小さな支店を経て、2年前から現在の都心部の支店に勤務しています。大口の得意先をいくつも任されていますが、それに甘んじることなく新規の顧客開拓にも力を注いできました。

 部内でも常にトップランクの業績をあげ、何度も社内表彰されたこともあります。もともとが体育会系の出身なので、健康と体力だけは誰にも負けない自信がありました。「どんなことでも、やるからにはとことんやる!」というのがAさんの信条で、ちょっとでも納得の行かない点があれば深夜になるのもいとわずに仕事をしました。そんな徹底主義・完璧主義は、ひそかに彼の誇りでもあったのです。

 ある時、商品納入で予期せぬ大きなトラブルが発生しました。

 製造元の事情で、納品が予定期日に全然、間に合いそうにないというのです。得意先は大手企業の本社で、Aさんの日頃の営業努力の甲斐もあり、ある機器の大量購入を決断してもらえたのです。Aさんにとっては、ここ一番という大勝負。それが、このままでは信用をなくす結果に陥ってしまう。Aさんは大いに悩みました。

 しかし、その後の誠実な対応が功を奏して、どうにか得意先にも事情を理解してもらえ、最終的にはどうにか得意先にも喜んでもらうことができたのでした。

 しかし、その頃からAさんの様子にいろいろと変化が現れるようになったのです。

 前ならば何ということもなかったはずの、得意先へのほんの電話一本がかけられないのです。先日のトラブルとまったく関係のない得意先であっても、とにかく電話自体が怖くなってしまっている。そして、気付くと何時間も逡巡してしまっている。

 電話だけでなく、簡単な書類一枚を作るのも、メールを一本打つのも、どうでもいいところで引っかかってしまって、気付くと時間だけが過ぎている。結局、何をするにも以前の2倍も3倍も時間がかかるようになり、その分、残業時間は延び、休日出勤も増えてきていました。

 パソコンに向かいながら、知らず知らず意識が遠のいて、深い眠りに落ちることもしばしば。様子の変化に気付きはじめた上司からも「いつもの君らしくないなあ。体調でも悪いのか? そう言えば、近頃顔色が悪いぞ」と言われる始末です。自分でいくら気をつけようと思っても、どうにもならない。どうしようもないときには、ついにAさんはトイレに入って仮眠をとるようにもなってしまったのです。「どんなに睡眠不足でも、今までこんなことはなかったのになあ……」と、自分のことながら途方に暮れはじめていました。