ピーター・ドラッカーは、権力の一極集中化の害悪を身をもって知っていた。彼がいみじくも述べたように、組織は手段であるにもかかわらず、官僚制は組織を 目的化してしまう。21世紀の経営は、組織による効率化ではなく、人間ならではの能力が価値創造の源泉となることを目指さなければならない。その処方箋として、「未来の経営に向けた25項目」を紹介しよう。(コンサルティング編集部 岩崎卓也、音なぎ省一郎)

 編集部(以下色文字):日本では、バブルが崩壊した直後、『セムラーイズム』(新潮社)という本が出版され、「異端の経営(マーベリックマネジメント)」を実践するブラジルのセムコという会社と、その経営者であるリカルド・セムラーが驚きをもって――その一方、疑いと批判をもって――紹介されました。

 ハメル(以下略):セムラーは私の親しい友人の一人です。あいにく近況については明るくないのですが、彼は正真正銘の先覚者です。組織から官僚制を完全に排除したのですから(図表3「セムコ:ないないづくしの経営」を参照)。

 彼の経営哲学はいたってシンプルです。「大人を大人として扱う」ことです。従業員への権限委譲(エンパワーメント)は、本来そういう前提の上に成り立つものでしょう。

 セムコのほかにも、マネジメント2.0の具現者として、インドのITベンダー、HCLテクノロジーズは注目すべき存在です。社長兼CEOのビニート・ナイアは2005年、「従業員第一、顧客第二(エンプロイーズ・ファースト、カスタマーズ・セカンド)」(EFCS)を掲げ、みごとV字回復を果たしました。

 彼は、顧客企業のCIO(最高IT責任者)とそのスタッフたちを前にして、こう宣言しています。「申し訳ありません。私にとって、皆さんは第一の存在ではありません。なぜなら、私は従業員を最優先しなければならないからです」。さらに、従業員たちには、「会社にとってあなたがたは管理職よりも重要な存在なのです」と話しています。

 従業員を最優先に考えることで、顧客をはじめ、株主やサプライヤーなどのステークホルダーにさらなる利益がもたらされるという考え方ですね。サウスウエスト航空のハーブ・ケレハーも同じことを言っていました。

 HCLは、いまや売上高60億ドル、従業員数10万人超、世界31カ国で事業展開するグローバルプレーヤーに生まれ変わりました。EFCSを導入してから(2013年まで)売上高成長率は平均25%、また直近5年の利益成長率は45%に達しています。

 EFCSはけっしてお題目ではありません。この会社では、非常識といわれるようなことがいくつも実践されています。

 たとえば、経営陣以下、管理職の360度評価がイントラネット上で公開されています。また、従業員は、同社のありとあらゆる数字について閲覧することができます。そして、全社の戦略や経営計画について、従業員が意見やその策定や変更に関与しています。いずれも、「リバースアカウンタビリティ」(従業員への説明責任)の原理に基づく施策です。

 また、「上司の決定に納得できない」「人事部の扱いが不公平である」「他部門の対応が不適当である」と思えば、誰でも苦情を申し立てることができます。その際、与えられたチケットを使うのですが、完璧な透明性が担保されており、チケットが行使されたことは社内全員に公開されます。

 まず直属の上司が、その問題解決に取り組み、今後の対応について説明します。これに納得すれば、チケットが取り消されます。しかし、24時間以内に取り消されなければ、問題の処理はさらに上位の管理職の手に委ねられます。