その彼が久しぶりにやってきて、マイラのCEOとして、「ホリバの傘下に入って、一緒に仕事をしたい」と言うわけです。最初は断りました。買収金額も大きく、自動車のテストコースを持つ会社は我々の事業分野とかなり異なると感じたからです。しかしその後、当社の役員が一人二人と現地に呼ばれて、帰国すると、「社長、一度見てこられたほうがいいですよ。アストン・マーチンは、あそこで開発しているみたいです」と言うのです。映画『007』のアストン・マーチンといえば憧れの車ですから、そこで私もようやく見に行きました。
 実際に訪れると、東京ドーム60個分の土地に自動車メーカー顔負けの立派なテストコースがあり、私も運転させてもらいました。そこで思ったことは、「でも、これはうちの買い物じゃない」ということです。しかしその後、研究棟に案内され、技術者の社員にも質問をし、彼らの話を聞いているうちに、考えが変わりました。このような優秀な人財が600人も一挙にホリバグループに加わってくれるのならばと思い、買収を決意しました。
 ですが、その決心の直後に悲劇が訪れました。イギリスのEU離脱問題です。当時、マイラの売上げの8割はアストン・マーチンやジャガーなどイギリス企業が中心であり、彼らがグローバル化するためには、ホリバのネットワークが必要だということをよく理解していました。その固い信念の下、傘下入りを申し入れてくれたわけです。私もそれを受け入れましたが、EU離脱問題でポンドは下落し、見たくもない状況になりました。
 そんな中、ある自動車メーカーのディーゼル排ガス不正問題が起こりました。この問題が世界の自動車業界を揺るがした結果、今度は実車試験を行うためにテストコースが必要になったのです。さらにこれを契機に、急速に車の電動化や自動運転が脚光を浴び、マイラが得意とするエンジニアリング技術=バッテリーの性能(航続距離や耐久性など)の試験や開発のノウハウ、AI技術やセキュリティ対策などの力が、次世代自動車開発に極めて重要になってきました。
 当時の私はそこまで読み切れていなかったのですが、「さすが社長」と言われるようになりました(笑)。マイラのトップたちも、ホリバのフィロソフィーを理解し、やり方を徹底してくれたおかげで、同社を黒字に導いてくれたのです。

 想いを持って人財を大事にすれば、次の未来が引き寄せられてくるということですね。
 今年買収したドイツのFuelConも、マイラを買収した後のホリバの経営を注視していて、技術を大事にしているのを確認したうえでホリバグループに加わることになりました。大きな買収については、こちらから申し入れたのではなく、相手側からオファーをいただくことがほとんどです。
 M&Aで一番大事なことは、ホリバの企業文化に相手がいかに適合してくれるか、という点です。買収で失敗するケースは企業文化の齟齬に原因があると思いますが、ホリバの場合は、先方が我々の企業文化に惚れて傘下に入ってくれています。これが、ホリバのM&Aの成功確率が高い理由でしょう。

 M&A以外でも、打ち手が当たっているのでは。
 阿蘇工場の増築は、2年前の熊本地震が契機になりました。直後に私も現地に向かいましたが、ホリバリアンたちが日曜にもかかわらず、自家用発電でライトを点けて、清掃や機械の整備をしてくれていました。彼らの自宅も大きな被害を受けていて、多くの社員が体育館などに避難している状況にもかかわらず、そこまでしてくれていることに感動しました。同時に、これにどう応えるか、という思いが湧いてきました。
 工場は4期棟まであったのですが、1期棟と2期棟は壊滅状態で、京都に引き上げたり、別の土地に移転したりする選択肢もありましたが、彼らに報いるには工場を建てるしかないと思い、その旨を熊本県の蒲島郁夫知事に伝えにいったところ、ぜひ記者会見をという話になりました。この発表後、同県からの企業や工場の流出はピタッと止まったそうです。
 工場の新棟と拡張工事が完成した後、半導体需要が一挙に高まりましたが、問題なく増産対応ができ、半導体製造装置のキーコンポーネント(流量制御機器)では世界シェア60%近くまで伸ばせました。
 いま、半導体製造においては、性能やコストに加えて、供給力が強く求められています。ハイテク分野においても匠の世界が必ずあり、人財を安定して雇用し、スキルを流出させないことが重要です。半導体の需要変動というリスクで何回か痛い目に遭ったこともあり、阿蘇工場ではガス・液体の流量制御というコア技術に加え、比較的安定した市場の医学機器も取り扱うことで継続雇用ができていたことも、今回の増産対応に大きく貢献しました。

 そうした経営判断のベースにあるのは、10年後、20年後のイメージですか。
 半導体システム機器で言えば、このタイミングで大きな工場を建てるのは、半導体サイクルの観点からリスクがあるように見えますが、自動車の電動化や自動運転などの実用化を考えると、今後はかなり多くの半導体が必要になってきます。いままでのPCや携帯電話のレベルとは、次元が違ってくるのです。
 そのため、「需要は絶対減らない」という判断を、裏付けとして持っています。

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