トップみずからが下すべき
意思決定とは

 堀場さんの経営で特におもしろいと思ったのは、「51:49」という意思決定の考え方です。詳しく解説してもらえませんか。
 7:3とか6:4という状況下では、担当責任者が決めればいい。一方で、トップみずからが決める必要があるのは、「51:49」という、微妙で非常に判断が難しいケースです。
  たとえば、買収の最終決定などが挙げられます。相当な額を投資するわけですから、捨て金になる可能性もある中で、トップみずからが判断をしなければ、思い切った提案は出てきません。私が責任を負うという環境をつくることで、チャレンジングでドラスティックな提案がいろいろ出てきます。そして最後は私に決めてもらえばいい。そうなるのです。
 実際、マイラ買収の際も、担当役員は本当はほしいと思っていました。ただ、どう見てもこの金額は無理だと躊躇していたはずです。それだけに、この巨額買収の意思決定を自分でしろと言われたら、絶対にできませんよ。だからこそ、私が判断します。むしろこういう重責は、私一人が負うべきだと考えます。

 その時、堀場さんはどこを見て最終判断を下すのですか。
  先ほど、マイラ買収のケースで述べたように、1番目は人財です。2番目は金額です。
  後者については、ルールを設定しています。どんなによい話であっても、当社の時価総額以上のところには手を出しません。これは私の信念ですが、基本的に「買収は自己資金でやる」ことにしています。
 そしてもう一つは、「買収した同じ金額までは追加投入する」ということです。たとえば、50億円で買収した場合、最大50億円までは投入します。しかし、それ以上の追い銭はしません。ですから、自己資金を超えるような、余裕のない買収はしないのです。
 EU離脱問題などもありましたが、マイラ買収が成功した理由は、R&D設備やテストコースの整備に60億円ほど追加投資したことにあります。一見すると、これまた「殿ご乱心」だと思われそうですが、私としては冷静に最初のルールに沿って決断していました。
 そういえば、買収成功を物語るエピソードがあります。たしか、買収後2カ月ほど経過した頃に現地に行った時のことです。マイラのCEOから「役員たちにホリバのバッジ(社章)をつけてやってほしい」と頼まれました。私がバッジをつける瞬間、みんな顔を赤らめて緊張で震えていました。そんな彼らの純粋さに心打たれ、ホリバへのリスペクトに感激すると同時に、責任の重さをあらためて痛感しました。この信頼を失うわけにはいかないと。これも投資を絞らなかった大きな理由です。
 その後、一挙に次世代自動車開発のブームが訪れましたが、我々には準備ができていました。もしあの時追加投資をしていなかったら、少なくともマイラの200人は自動車会社に引き抜かれていたことでしょう。
 しかし、実際はほとんど誰も辞めることなく、それどころか、よい人財が積極的に応募してくれるようになりました。彼らは本当によく調べており、我々の経営や行動が注視されていることを海外では強く感じます。日本は終身雇用だったせいか、会社に対するアプリシエーション(評価)の習慣がほとんどありませんが、欧米はレイオフがあるため、会社も従業員もお互いにアプリシエーションしています。そして、その中で信頼は確立されていきます。
 そうした点まで理解して当社に応募してくる人は、まさに「ほんまもん」だといえるでしょう。マイラ買収を経て、それを特に感じました。

グローバルで闘うために
不可欠なもの

 堀場さんが描いているグローバル人財の条件とはどのようなものでしょうか。
 きちんと自分を持っている人です。単にマネジメントが上手ということではありません。特に我々のような業種では、技術的な判断力や世の中のトレンドを理解しているだけでなく、「センス」というものが必要になってきます。日本の教育で一番欠けている点は、このセンスに対して評価をしないこと。採点しやすい尺度だけで評価をし、高い得点を取る人を優秀だとしていますが、はたしてその人は世界レベルで通用するのでしょうか。
 それよりも、日本の歴史や文化をしっかりと学び、日本人らしい思いやりを兼ね備え、さらにセンスも持ち合わせると、グローバルに闘うことができると考えます。私たちはそのような人財を求めており、海外の人たちも、そういう日本人や日本のマネジメントに尊敬の念を持つわけです。
 世界で通用するセンス以外に、グローバル競争において日本企業に必要なものは何だと思われますか。
 ホリバの海外社員のうち7〜8割は欧米系ですが、最近ではアジア系が急速に増えています。中国人社員はすでに500人に達しており、彼らのロイヤルティの高さを評価するとともに非常に嬉しく思います。彼らをはじめ、いまの技術の最先端にいる中国人たちは驚くほど洗練されています。大学教授も経営者も同じことがいえますが、大半の人が欧米で学んだ経験があります。会議に出ても、中国系は全員がネイティブ並みの英語を話していて、彼らは高校生くらいで欧米に留学し、学位も取り、中国に帰国して活躍しているわけです。
 このような人たちと闘わなければならないという認識が、日本の経済界や社会に不足しているように思います。清華大学などで話を聞くと、残念ながらすでに勝負がついている感じさえします。特にサイエンスと理工系は、桁外れに日本と真逆の状況です。潤沢に資金が投入され、最新鋭の設備が整っており、教授たちの意識もまったく違います。一方、日本では大学の予算が削られ、教授は予算確保に精力を削がれて、気の毒なくらいです。
 ホリバはR&Dには売上げの約10%を継続して投入し、経営が厳しい時でも、シリコンサイクルのどん底でも、開発予算は削減しませんでした。それが、いまのホリバの強みにつながっています。
 それは国であっても同様で、絶対に絞ってはいけない予算があるはずです。それにもかかわらず予算を絞っているということは、将来の可能性を絞っているのと同じことではないでしょうか。つまり、日本が三流国になると宣言しているようなものです。もっと危機感を持ち、センスよく世界と向き合わなければならないと強く感じています。