常に疑われているようなモニタリングは、モチベーションの低下を招きませんか。
 むしろ逆ではないでしょうか。海外子会社の幹部や従業員は、不正を見過ごさないグローバル監査があることで、ちゃんと見てもらっているという安心感を持って、働くことができるようになるからです。
 人は機会、動機、正当化の3つが揃った時に不正行為を犯しやすいという説があります。このうちの機会、つまり上司のチェックが形骸化しているとか、一人の社員がずっと同じ業務を担当していて細かな内容については本人しかわからないといったような、不正をしようと思えばいつでもできるような職場環境は、マネジメントの責任で排除すべきものであり、また、それが可能です。
 たいていの日本人は痛くもない腹を探られれば気を悪くしますが、海外では身の潔白が証明されたと歓迎されることもある。これは信頼の形が違うだけで、どちらが正しいか間違っているかといった問題ではありません。
 本社から信頼できる人材を送り込むにせよ、ITなどのシステムで管理するにせよ、グループ統制は間接的な手段に頼らざるをえません。これは国内においても同じですが、距離が遠く、リソースの制約が大きい海外拠点では、特に内部統制の脆弱さにつながりやすい側面があります。
 内部統制に正解はなく、企業ごとにピッタリくる形は違いますが、我々監査人は数多くのケースを見てきているので、本社のマネジメントができるだけ心地よく情報を吸い上げて管理するための仕組みの構築を、支援することができます。

監査の本質に立ち返る
リスクアプローチの進化

 投資家の立場からすれば、監査人と経営者との良質なコミュニケーションや監査の厳格化は歓迎すべきことです。しかし、そうでなくても長時間労働の常態化が問題とされてきました。監査品質向上の取り組みが、事態をさらに悪化させる心配はありませんか。
 過重労働については法人としても重く受け止めており、2017年10月から1年間にわたり、新規受注を停止するという思い切った措置も取りました。単に残業時間を減らすのではなく、仕事の仕方を変えること、つまり働き方を変えることを目的とした決断でした。
 より効果的で効率的な仕事を通じてメンバー一人ひとりが成長すれば、それが法人としての成長につながります。したがって、監査品質の向上と働き方改革は何ら矛盾するものではないと考えています。
 そもそも監査の厳格化といっても、やみくもに監査手続きを増やそうということではありません。重要な虚偽表示が生じる可能性が高いところに重点的に人や時間を充てるリスクアプローチの手法を取ることで、効果的かつ効率的な監査が可能になります。
 誤解を恐れずに言えば、重要でないところで多少の誤謬が見つかっても、監査を形骸化させないためにはやむをえない、ということです。その一方で、なぜそれが重要でないと判断したのかという根拠はきちんと説明できなければならないし、またその内容には当然ながら責任を負います。

 リスクアプローチについては、経営者の関与によってもたらされる重大な虚偽表示を見過ごす原因になっているとの指摘が、かつてありました。
 そうした指摘を受けて現在では、内部統制を含む企業全体、そして企業環境を十分に理解したうえで、財務諸表に重要な虚偽表示をもたらす可能性のある事業上のリスクを考慮することが、求められるようになっています。
 監査人独自の調査と経営者とのディスカッションを通じて焦点を絞っていくわけですが、景気や産業の動向、その企業を取り巻く外部環境やビジネスモデルなどに関する深い理解がなければ、適切なリスク評価はできません。一朝一夕に身につくものではないので、経験豊富な監査人の主導で行います。
 私は、リスクアプローチによる監査は、頭をフルに使った監査だと考えています。いたずらに時間を費やすのではなく、頭に汗をかいて考え抜いた監査をすることで効率化が実現され、経営者との対話などの本当に重要な作業により、多くの時間を費やせるようになります。監査業務の本質に立ち返ってリスクアプローチをいま以上に進化させれば、高品質な監査と職員のプロフェッショナルとしての自律的な働き方の二兎を得ることは、けっして不可能ではないはずです。