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「未来の会社案内」をつくり
ビジョンを共有する

編集部(以下青文字)未来のビジネスモデルとともにビジョンを描き出す時には、時間をかけて練り上げていくのですか。
西村:そうですね。我々はクリエイターではないので、漠然とした言葉でビジョンを考えるというよりは、先ほどの社会的価値や文化的価値、経済的価値の3つの視点から事業の実現性も含め、新しいビジネスのあり方とセットで考えています。

 

 生活者視点に重点を置き、能動的にありたい未来を描くのが我々のデザイン思考です。世間一般でデザイン思考というと、新商品のモックアップをつくってブラッシュアップを重ねていくといったイメージかもしれませんが、我々はそれを企業経営のレイヤーで実行しています。
 ビジョンにひも付く具体的なビジネスモデルや新規事業を構想する際には、実際にその事業が立ち上がり、商品・サービスを未来の生活者が利用しているシーンなどをビジュアルに細部まで落とし込んで提示することもします。それを経営陣に見せると、必ず齟齬があって、未来の絵図に触発されてディテールを考え出すようになります。さらに構想に立ち返って、修正のプロセスを繰り返すことで、徐々に一つのビジョンに収斂していきます。
栗原:私もある保険会社が新しいビジネスモデルを展開する時に、保険があることによってお客様はどういう人生を送ることができるのかを、お客様と保険員が関わるシーンをビジュアル化してイメージしやすくしたことがあります。

 

 また、ある企業では、「未来の会社案内」というものをつくりました。会社案内は、学生に向けて自分が働いている姿をイメージしてもらうためのツールなので、未来の像を描きやすいのです。「未来の会社案内」の中で、お客様からどのように語られる会社になっているのか、どんなプロダクトを世の中に出しているのかを表現できますし、働き方はどうなっているのか、社長は誰がなっているのかも表現できます。
 たとえば、グローバル企業を目指すなら、グローバル市場で競争できる会社になっていないといけない。そのためには、女性登用率が何%だとか、外国人マネジメント層が何%といった話や、ヘッドクォーターは日本ではなく海外に、といった細かな議論が可能になります。

 描いたビジョンを事業戦略や社員の行動、意思決定とシームレスに連動させるためには何が必要でしょうか。
西村:やはり、ある程度権限を委譲していって、次世代の経営者候補たちに任せていくことが必要だと思います。
 いまの経営陣のほとんどは10年後には会社にいません。何もしなければ10年後の未来はないかもしれないと真剣になれるのは、いまのミドルマネジャーたちです。
 健康食品会社のケースでは、ちょうど中期経営計画を策定するタイミングだったのですが、お客様がよりポジティブに年を取ることを支援する会社を目指す時に、事業ドメインはどう変わっていくのかを各事業部長が考え、事業計画や新商品案にまで落とし込んでいきました。我々は彼らの黒子だったのですが、実際には事業部長一人だけでなく、部員たちが一緒になって死に物狂いで取り組んでいました。
 既存の業務がある中での、負荷の大きい3カ月間でしたが、皆さん真剣に取り組んでくれました。その苦労がなければトップから下ろされたビジョンや事業計画が、各事業部に振り分けられるだけの中計になったでしょうし、のちのち社員の不満も大きくなっていたでしょう。
 向こう3年間で、いつ、どういう商品を出し、どのぐらいの数字がつくれるのか、商品パッケージに訴求するポイントまで具体的に考えることができたことは、彼らにとっても大きな成果となったはずです。

 描いたビジョンを共有し、素早く変革したり、シンボリックな事業を立ち上げたりする時に、有効な手段はありますか。
栗原:ビジョンを浸透させるには、野中郁次郎先生(一橋大学名誉教授)らが提示した「SECIモデル」のように暗黙知を形式知化し、みずからやってみて納得し、さらにブラッシュアップして、ほかの人に渡していくようなプロセスを回していく必要があります。それを実行する手段の一つとして、コーポレートベンチャリングは有効だと思います。本体と切り離して、新たな事業体をつくり、そこでSECIモデルを回すほうが、スムーズにいくことが多いのです。
 たとえば新しいビジョンに基づいて、社内でシンボリックな事業を立ち上げると、そのこと自体がビジョンの形式知化、見える化になります。それをリードした社員を会社の中で厚遇していくと、働き方という点で一つのビジョンの明示化になります。新しいビジョンや事業が成功すれば、外から評判となって返ってくるので、社員の納得感もどんどん上がっていきます。
西村:全社が一気に変わることはありえませんから、自分たちがいま全社を変えていくうえで、一番のレバレッジポイントになる事業は何なのかにフォーカスしていくことは、非常に重要です。コーポレートベンチャリングによってレバレッジポイントとなる事業を立ち上げることで、特に社内に対して、どういう方向で自分たちが業務を変えていけばいいのかという目線が、合わせやすくなると思います。

 

イノベーションの創出は
組織風土の改革とセットで

 経営者の意思決定が最もわかりやすいのは、経営資源の振り分け方だと思います。日本企業の場合、既存事業に対しては資源配分に格差をつけにくいため、トップの意思はわかりにくいのですが、新規事業であれば意思が伝わりやすいですね。
西村:同感です。仮に予算が潤沢でなかったとしても、いい人材を投入してほしい。新規事業にはお金もつかないし、人材もエース級ではなかったりします。既存事業の中でもしっかり稼ぐ部門にエースが投入されているからです。本来は10年後の未来のビジネスをつくることのほうが重要な役割であるはずなので、意欲があって、ぜひやりたいと手を挙げた人たちを集めて、部門横断的に動けるような権限を与えてほしいと思います。
 機能別に縦割りされた組織や事業の壁は、それ自体が未来を阻害する要因になっています。横串で動かないと新しいビジネスはなかなか生まれないので、そこを横断できる権限を与えるとともに、既存業務とのダブルワークになってしまう部分については、これに報いる評価制度を設けてほしい。これは経営者の方々へのお願いです。

 イノベーティブなチャレンジに失敗は付き物ですが、失敗からよりよく学ぶ、あるいは失敗の確率を減らすにはどうすればいいのでしょうか。
栗原:イノベーションの創出は、やはり組織風土の改革とセットだと思います。失敗の確率を減らすのではなくて、成功する数を増やすという発想の転換が必要です。たとえばサイバーエージェントでは、新規事業が次々と生まれていますが、いま成功している事業を立ち上げた人の中には、過去に失敗した人も含まれています。失敗した人にバツ印をつけてしまうのではなく、貴重な経験を積んだ人、修羅場をくぐって脱皮した人だといった共通認識のある企業では、成功する事業が生まれやすいのです。そのためには、中途半端なチャレンジではなく、自分の人生を賭けて取り組ませる。そういった場をきちんとつくってあげることが大事です。
 失敗しない、ミスを起こさないという組織風土の会社が日本には多くあります。製造業は当然ですし、システムの世界や金融、食品もそうです。品質管理は世界一の水準ですから、やはり失敗しない人が昇進する文化が根強い面があります。ただ、そういう減点主義ではなくて、完全な加点主義の文化をつくっていかないと、イノベーションは起こりにくいのではないでしょうか。
西村:失敗というよりも、チャレンジしたこと自体を評価する枠組みが必要です。ある会社では、失敗すると減点されるから、誰もチャレンジしなかった。ところが一つの部門だけ、成功、失敗のいかんにかかわらず、チャレンジしたこと自体を評価する制度に変えたところ、新たな事業や商品が生まれたり、業務の効率や品質向上につながったりしたと聞きました。組織風土を変えていくうえで、そうした取り組みや新たな視座を持つことはたしかに必要です。組織風土を変えていかないと、どんなによく描けたビジョンや戦略であっても、実行に結び付かないと思います。
栗原:いろんな会社に組織風土について聞くと、意外と多いのが「社長の決定を課長が拒否する」という話です。特に伝統的な会社では、現場に近い、数値目標を持っているミドルマネジャーの権限が強く、トップダウンでありながら、ねじれが生じているといいます。だからこそ、イノベーションも日本の場合は中間層から起こさないと、トップから起こそうとしてもはじかれてしまう。
 イノベーションは、ミドルや現場からのボトムアップで起こしたほうがいいのかもしれません。トップの仕事はビジョンと組織風土をつくって、イノベーションのための道筋をつけること。それによってモチベーションが上がった人たちに存分に活躍してもらうというのが、いま求められている姿だと思いますし、我々がコンサルティングする際に目指している形です。
西村:40代、50代のミドルマネジャーの中には、自分たちが会社を変えていかなければならないという責任感が強い人が多いと感じています。彼らにもっと任せてもいいんじゃないか、チャレンジの機会を与えてもいいんじゃないかとも思います。
栗原:一つの方法としては、旧来型のやり方にこだわる人を改革のリーダーにすることです。彼らは会社の足を引っ張ろうと思って抵抗しているわけではなく、昔ながらの勝ち方しか知らなくて、それが正解だと思っているだけなのです。彼らを改革のリーダーにすることで、そうではないことを理解してもらい、新しいベクトルにパッションを注いでもらったほうがいい。そういう人たちは影響力がありますから、状況は大きく変わってくると思います。【完】


  1. ●制作|ダイヤモンド クォータリー編集部